今日も君とアイスクリーム
今日も君とアイスクリーム


「はぁ、もう無理!」


高校1年の夏休みのある日の朝。

まだ8時を過ぎたばかりだが、あまりの暑さに扇風機だけでは耐えられず、私は部屋の冷房をオンにする。

しばらくして、ようやく部屋が冷えてきたと思っていたら。


(もえ)(わたる)くんが来てくれたわよ」

「よっ!」


私のお母さんに連れられ、幼なじみの航がニコニコ顔で部屋へとやって来た。


「何か用? 航」


私は、航を軽く睨む。


「なぁ、萌。俺と一緒にアイス食べに行こう」

「ええ、また!? この暑いのに、なんで外に出なきゃならないの」

「いいから、行くぞ」


幼なじみの航は夏休みになってからというもの、二日に一度のペースで私の家へとやって来る。

そしてなぜかいつも決まって「アイス食べに行こう」と言い、私を外へと連れ出すのだ。



家から外に出ると、モワッとした熱気に包まれる。まだ午前中だというのに、太陽がギラギラと照りつけてかなり暑い。


「ねぇ、なんでいつも私を誘うの? 航一人で行けばいいじゃない」

「ダーメ。萌は、俺と一緒に行くって決まってんの」

「何それ。意味分かんないんだけど」


口ではそう言いつつも、本当は嬉しい私。アイスクリームは、私の好物だし。

それに、どんな理由であれ幼い頃から密かに片想い中の航に、こうして会えることが嬉しいんだ。


航とはお互い別々の高校に通ってるから、尚更。こんなこと、航には絶対言えないけど。


* *


航と一緒にやって来たのは、隣町のアイスクリーム屋さん。

夏季限定営業で、毎朝9時にオープンするお店。


「いらっしゃいませ。いつもご来店ありがとうございます」


この夏休み、ほぼ毎日のように通っているからか、店員さんともすっかり顔馴染みだ。


「どれにしようかな」


顎に人差し指を当てながら、ショーケースの中の色とりどりのアイスを眺める航。

バニラにチョコといった定番の物から、ソース味といった変わり種まで様々なフレーバーがある。


「それじゃあ、俺はソーダで」

「私は、キャラメルをお願いします」


アイスが入ったカップを受け取ると、航と店内のイートインスペースへ腰かける。


ここのアイスはハートの形をしていて、見た目もとても可愛い。


そして、今日も航と食べるアイスは美味しい。


「そういえば航って、毎日絶対に違う味食べてるよね」


昨日は、ワサビ味のアイスを食べていた。


「ああ。俺、何が何でもこの店のアイス20種類を制覇するって決めてるから」


制覇するって、この人はどれだけアイスが好きなんだろう。制覇したら、何か特典でもあるのかな?


ていうか幸せそうにアイスを食べてる航、めちゃくちゃ可愛い。


「ん? どうした、萌。俺のことをじっと見て。俺の顔に何かついてる?」

「えっ! いや、みっ、見てないから」


私は慌てて、航から顔をそらす。


「ふーん。ていうか萌……」

「なっ、何?」


今度は航が私のことをじっと見てきて、心臓が跳ね上がる。


「いや。口の端にアイスがついてるなと思って」

「えっ!」


慌ててアイスを指で拭うと、航はためらいなく私の指をぺろりと舐めた。


「うん、美味しい」

「わた……っ!」


もう! いきなりそんなことしないでよ、航。
心臓に悪いじゃない。


* *


「あっつー」


アイスを食べ終え、帰路につく私たち。


アイスを食べて冷えていたはずの身体も、外をしばらく歩いていると瞬く間に熱くなる。


「暑いし、汗かいてベタつくし。これだから夏は嫌い。早く涼しくなれば良いのに」

「そうか? 俺は好きだけどな、夏。あそこのアイスを食べられるのも夏だけだし」


そっか。秋になると、お店も休業してしまうから。航とこうして来ることもなくなるのだと思うと、寂しいな。


それよりも航がお店のアイスを全制覇してしまったら、もうここに来る理由もなくなる。


そう考えると、あと何回航とお店に来られるのだろう。



それからも航と一緒にアイスクリームを食べる日々が続き、ついに迎えた最終日。


「いやあ、今日でやっと20個目。ここまで長かった」

「お疲れ様」

「萌も、いつも付き合ってくれてありがとうな」


ちなみにこの日のアイスは、航がバニラで私はチョコチップ。


「あのさ。今日で最後だから言うけどさ」


バニラアイスを食べていた航が、急に真剣な顔つきになる。


「俺、今まで萌に隠してたことがある」


え、何?


私はゴクリと唾を飲み込む。


「実は俺……昔からアイスって苦手なんだよな」

「……は?」


この夏休み、ほぼ毎日のようにアイスを食べていた人がいきなり何を言ってるの?


アイスが苦手って!


私は、思わず拍子抜けしそうになる。


「俺、ガキの頃にアイス食べるとよく腹壊してたから。それからずっと苦手だったんだ」

「それじゃあ、アイスが苦手なのにどうして航は今まで食べてたの?」

「それは……萌の好きな物は、やっぱり俺も好きになりたいから」

「え?」


それって、どういう意味?


「あと俺、どうしても叶えたいことがあったから」


叶えたいこと?


「実はここのハートのアイスを全種類食べると、恋が叶うって言われてるんだよ」

「えっ」


うそ。そんなジンクスがあるの?


だけど、恋って。それじゃあ航には、好きな人がいるってことだよね?


苦手なアイスを食べてまで成就させたい片想いって、その女の子のことが相当好きなんじゃ……。


「ただし、全部のアイスをただ食べれば良いっていうわけじゃない。必ずいつも好きな人の前で食べないといけないらしい」

「え?」


いつも、好きな人の前で?


「やべぇ。言ってしまった」


そう言う航の顔は、今まで見たことがないくらい真っ赤になっている。


「あの、航。その好きな人っていうのは……」

「萌だよ。俺は、今までずっと萌のことが好きだった」


うそ。航が私のことを好き?!


「俺、夏休み前に萌が男と仲良さそうに街を歩いてるのを見てしまって。それで焦ってつい、こんなジンクスに頼ってみたくなった」

「あの、航。私……」

「でも、ジンクスに頼ってばかりじゃダメだよな。やっぱり自分で、好きになってもらう努力をしないと」


航が席を立つ。


「だから、萌。俺を振るのは、もう少しだけ待ってくれ」


違う。違うよ、航。私が航を振るわけないじゃない。


このままじゃダメだ。航が伝えてくれたんだから、私も勇気を出して告白しなきゃ。


「あのっ、航。私が好きなのは……航だよ」

「え?」

「あの男の子は、高校の部活の先輩。あの時は、先輩の恋愛相談にのってただけだよ」

「そうだったんだ。良かった……」


ホッとしたように、残りのアイスを頬張る航。


「てっきり萌は、その先輩のことが好きなんだと思ってた」

「ううん。私は昔からずっと、航一筋だよ」

「俺も、萌が好きだよ。今までも、これからも」


そうしてどちらともなく私たちは、キスをする。


航との初めてのキスは、甘い甘いバニラアイスの味がした。

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