眠れる森の聖女
本来、聖女の捜索に王子である彼が加わる必要はないし、聖女を伴わぬ帰国が許可されない理由などない。

何故彼はこんな懲罰のような責め苦に耐えねばならないのか。

公爵家から嫁いだ王妃が王太子となる王子を産んだそのすぐあとに、侯爵家出身の側室が彼を産んだ。王妃が産んだ第一王子なのだから王太子の地位は盤石なはずだった。

だが、ふたりの王子は何かと比較されることとなり、不幸にも第二王子は極めて優秀だったのだ。

誰の目にも平凡に映る第一王子を愛するあまり、王妃にとって第二王子はどうしても排除したい異物となった。王妃がありとあらゆる力を使った結果、彼は今森の中にいる。

結界の中に隠れている聖女が自ら姿を現さない限り、我々にできることなど何もない。それは結界に穴が開いていたとしても同じこと。

王子が穴から聖女を強引に引きずり出すとは思わない。だが、今の彼にとって、あの穴は大きな希望になるだろう。

希望は時に、残酷なほど人を傷つける。

ようやく笑顔を見せるようになった王子から、その笑顔を再び奪うようなことはしたくない。故に、あの穴は実に悩ましいのだ。

悩んだ結果、王子には結界の穴のことを黙っていることにした。

だが偶然見つけた幸運を放置するのは惜しい。だから私は、失敗がばれたら全力でとぼける覚悟を決め、少しばかり勝負に出ることにした。

先代の聖女から、転生についての話を聞いたことがある。先代も先々代も、前世の記憶を持って産まれてきたのだという。ならば当然、今の聖女も同じように前世の記憶を持っている可能性は高い。

そんな聖女が10年もの間森の中で暮らしていれば、人間らしい生活を恋しいと思うのではなかろうか、と考えた。

衣服、チョコレート、紙と筆、香油など、女性が喜びそうなものを袋にまとめてバッグに詰め、翌日、いつも通りに森の散策に出た。

聖女に気づいてもらえるかわからないし、その前に動物に奪われるかもしれない。聖女の元に無事届いたとしても、応えてもらえるかはわからない。

贈り物を結界の内側に立て掛けるようにそっと置き、その場を離れた。

その翌日、悩んだ末、再び穴まで様子を見に行くと、昨日置いた袋がなくなっていた。物が散乱していないので、聖女が気づいて持って行った可能性が高いかもしれない。そうであることを祈ろう。

更にその翌日、なんと、衣服を身に付けた聖女が、チョコレートを摘まみながら、結界のそばに現れた。

きっと結界の中では、香油のいい匂いがしていることだろう。
< 20 / 189 >

この作品をシェア

pagetop