【完結】「暁光の世から消えて死ね」 〜教会を追放された見世物小屋の聖女は、イカれた次期覇王の暫定婚約者になる。(※手のひら返しで執心されています)〜



「どこに、殺そうと考えているやつを、ご丁寧に運んでやる馬鹿がいるんだ」

 真紅の瞳が訝しげに揺れ、それでいて気配から困惑しているのが伝わってきた。それほどルロウにとってシャノンの質問は理解の範疇の外にあったのか、見たこともない驚き方をしている。


「だけど……元々ルロウは、わたしが目障りだったんですよね? それは、倒れる前に聞いたので分かっています。そんなわたしのそばにいつもいてくれて、それどころか運んでくれていることが、どうしてなのか分からなくて」

「…………」


 黙って聞いていたルロウは短くため息を吐くと、シャノンの元に歩を進めた。
 シャノンの体に大きな影が落ちる。見上げるよりも早く、シャノンと視線を合わせようとしたルロウがその場に跪いた。


「殺さない」

 その一言が、驚くほど優しい響きに聞こえた。
 内容は物騒なのに張り詰めたものは一切なく、どこまでも穏やかな空気を前に、肩の力が抜けていく。

「シャノン。おれはもう、おまえを殺そうとすることはない」
「……」
「悪かった」

 真っ直ぐ向けてくる瞳が真摯に告げてくる。

「ルロウ――」

 さわ、さわ、と暖かい風が中庭に吹き込み、陽射しに照らされたシャノンの髪が柔らかな茶色に色を変えた。
 風がいたずらに髪を乱そうと吹き、シャノンの視界を遮るように靡く。ルロウは手を伸ばし器用に髪を横に避け、その指先がシャノンの頬に触れた。

「おまえは、イカれたおれをいくらかマシな人間に戻してくれた。こうして人の体温を感じられるほどに」

 シャノンの頬の温度を探るように、ルロウの指がわずかに動く。くすぐったさに身動ぎをすれば、その手はシャノンから離れていった。

「シャノン、礼を――いや、この国の作法に則るならば、こちらのほうが誠意を伝えられそうか」

 ルロウはすっかり気の抜けたシャノンの手を取ると、触れるか触れない程度の距離で、手の甲に唇を寄せた。

 ラーゲルレーグ帝国での手の甲への口付けは、男性が女性に対して送る最大限の謝意と敬意という意味が込められている。
 華衣を身に纏うルロウが帝国風の作法を完璧にこなす姿は、一見アンバランスなように見えて、しっくりと決まっていた。


「わたしを先に助けてくれたのは、ルロウです。わたしも感謝しています。あなたに助けられたから、わたしは外に出ることができました。だから、今回のことはもうお相子です」

 手の甲の口付けが照れくさくて、気がつけばシャノンはそんなことを言っていた。もちろん本心なので取り消すつもりはなく、それよりも初めてルロウと心穏やかに会話ができていることに内心感動していた。


『……まぶしいな』

 瞳を細めたルロウは、すっかり笑顔が板に付いてきたシャノンに向けて、無意識に決して伝わらない独り言をこぼした。

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