お飾り側妃になりましたが、ヒマなので王宮内でこっそり働きます! ~なのに、いつのまにか冷徹国王の溺愛に捕まりました~
第一章 今夜は初めてのお渡り
 こつこつという靴音が、暗い後宮内に響き渡る。
 廊下に灯されているのは、周囲をガラスで包まれたほのかな明かりだ。磨りガラスを通してこぼれる光が、薄闇の中から近付いてくる王の銀の髪を柔らかな色に染め上げている。
(――来た!)
 部屋の方向に迫る音を確かめ、オリアナはわずかに開けた扉の隙間から目を凝らした。
 ここは、精霊の守護があるリージェンク・リル・フィール王国の後宮。オリアナは二十七番目の末席とはいえ、側妃のひとりだ。
 もし歩いてくる王――ライオネルがこの部屋の扉を選んだ場合、なにが行われるのかは、後宮へ入る時にメイドから繰り返し聞かされたからわかっている。
「ど、どうしよう……」
 やっと王に会えるかもしれないのだ。
 後宮に入ってすでに半年。だが、オリアナをはじめ下位の側妃が住むこのコンスレール宮にお渡りがあるのは初めてだ。
 先ほど『陛下がこちらの建物に来られることになった』と連絡してきた後宮長が、ここに住む誰が選ばれてもいいようにと(ざつ)(えき)を行うメイドに命じて、下位の側妃たちの支度を念入りに調えてくれた。しかし、王の足音が近付いてくると、明かりがひとつだけ灯された部屋の中でそわそわとしてくる。
「えーっと、髪はおかしくないわよね? 化粧も綺麗にしてくれたし……!」
 腰まであるミルキーベージュの髪は、丁寧に()かれ緩やかに波打っている。紫の瞳に合わせて用意された夜着は、背が高く、引きしまった体の線を美しく見せる飾りの少ないものだ。きりっとした眼差しと合わせ、十九歳という若々しい年齢ならば、飾り立てるよりもこの方が似合うと用意してくれたメイドが太鼓判を押してくれたが、いざとなるとやはり不安になってくる。
 もし、王がこの部屋の扉を開ければ、あとは作法に則った礼で身を屈めて挨拶をすればいいだけだ。その後は、王に任せて部屋の奥に進めばよいはず。
(だけど――)
 途端に緊張が襲ってくる。
 もう一度、ちらっと扉の隙間から廊下の様子を(うかが)い、今度は目が釘づけになった。
 磨りガラスで作られた明かりの下まで、だいぶ近寄ってきていたからだろう。壁に並んだ後宮長とメイドの出迎えを受けながら歩いてくる王の銀の髪は、炎のような輝きを放っている。
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