悪女がお姫さまになるとき


 戦闘要員という言葉で力が入る。
 強い男というものにあこがれる年ごろかもしれない。
 つまり、わたしの肩までの髪は男子だといいたいのだ。

「何度もいうように、わたしのいた世界の日本では長い髪よりも短い髪のほうが女子には人気なのよ。乾かすのも楽だし、セットするのも簡単だし。長い髪は落ちたら目に付くし。それで、アリサにもいわれたから作ってもらったんだけどねえ」
「髪は伸びるよ。もう少しの辛抱なんじゃないの?掃除も手入れもすべて侍女がやってくれるだろ?気にしなくてもいい、あこがれのご身分だ」
「そうなんだけどね……」
 わたしの釈然としない口調をあっさりとハリーは無視した。

「俺は長い黒髪は好きだよ。レソラ・ジュリアさまだってそれはそれは射干玉の、黒くて長い、美しい御髪をされておられますし」

 口調がかしこまっている。
 レソラ、わたしの唯一の美しい姫。
 この見習い騎士に毛の生えたぐらいのハリーもなのか。

「まさかあんたもジュリア姫にあこがれているんじゃないよね」
「あんな美しい人はおられませんよ。ジュリア姫の身辺も警護することがあるから俺は騎士の道を志したっていうのに」
「のに?」
「異世界からの姫を守るという大役を任されてしまった」
「ったく、違うでしょ。ちんちくりんの異世界人のおもりは職務外だといいたいんでしょ。確かにジュリア姫はお美しいと思うけど」

 昨夜、一回目の儀式を終えてまずまずの成功だったというシャディーンの言葉を確かめに姫の温室に訪れた。
 呼吸が以前より格段に力強くなり、頬にかすかに赤味がさしていて、陶器の人形のような美貌に温かみが生まれていた。
 ジュリア姫は17歳、ハリーと同じ年だ。
 王城からほとんどでることはなかったそうだが、ジュリア姫の美しさはアストリアだけでなく他国にも広く伝わっているようで、姫の現在の状況は厳重に秘匿されている。
 遠方から来訪した親密な友人という設定のわたしは、魔術師により異世界から呼び寄せられた『光り輝く者』だということも、姫の現状並みに極秘である。
 
「お姫さまドレスもはじめの三日間はとっかえひっかえ試して楽しかったんだけど。今じゃ、足の周りにまとわりつく感覚がうっとおしくてたまらない」
そういって裾を引き上げた。
 ハリーはぎょっとして顔を赤くして視線を外す。
 ふくらはぎを見たぐらいで見たらいけないものをみてしまった、的な反応をされると、ここに来た時の膝上丈のスカートは、刺激的すぎだったのだと理解する。
 王様も、羞恥の基準が違うところが異世界人だ、とかなんとか言っていたし。
 
「ちょっとこんな程度で顔を赤らめてそむけないでよ。こっちが恥ずかしくなるから。へ、コイツ?の脚なら宿に迎えにきたときに、膝上までみたでしょ」
「あの時は男だと思ったし……」

 ごほんとハリーは咳ばらいをする。

「それより、今日の賑やかなお茶会はもう終わりか?」
「わたしの体調がすぐれないからとアリサが切り上げさせたのよ。わたしは大丈夫だと言ったのに」
「いや、昨夜のアレは俺も驚いた。あの男があんたを抱きかかえてこの部屋まで運んできたんだからな。あんなにくたくたになって、儀式って何をするんだよ」 
「シャディーンが呪文をつぶやき、わたしは姫と手をつないで寝ていただけなんだけど」
「姫と手をつないで、寝て、くたくたに……」

 17歳の若者はどんな様子を妄想したのか、再び赤面している。
 
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