悪女がお姫さまになるとき

「と、とにかく友人たちのと楽しい時間は終わったんだな。どこにも行く予定がないのなら、扉の外にいようか?」
「ここにいて、あんたのことを話して頂戴」

 時間が空いたとき、ハリーの家族の話を聞くことにしている。
 ハリーはベランダの椅子に腰をすえた。
 わたしも、港の船を数えるのをやめて、ハリーの向かいに座る。

 父と母が出会ったこと、作物を育てる家業のこと、学校のこと、兄弟のこと、次男だから家を継げないので、騎士養成の全寮制の学校へ入れられたこと。
 そんな、異世界で普通に生きる人の生活を聞くと、同じだな、と思うところもあれば想像もつかないこともある。
 この世界がどういう世界かみえてくるような気がする。




 この世界に来て、今日で16日目。 
 王城に与えられた部屋は姫の部屋と同じ階の、豪奢な部屋。
 クローゼットには、姫が着ていたというドレスがぎっしりと詰まっている。
 王城初日、身内だけの歓迎パーティで、わたしはいろいろ恥ずかしい失態をしでかしたらしい。

 それ以来、お茶会を中心に、暇をもてあますジュリア姫の侍女たちと、おしゃべりの花を咲かせる。
 彼女たちは、何も知らないわたしにいろ教えてくれることになった。
 レディとはなんぞやというところを知った。
 挙措動作、教養、言葉遣い。
 それらすべてを兼ね備え下々にもあまねく気遣いができ、気高くて美しい女性が、レソラ・ジュリアであり、理想のレディだそうだ。
 ジュリアのドレスをわたしに着せ替えて、わたしは着せ替え人形である。
 かつらを嬉々として用意したのも彼女たちだ。

 レ・ジュリとレソラ・ジュリアは似ているのにその差は天文学的に大きそうだ。
 
 昨夜、一度の儀式だけでジュリアが目覚めることはないと知ってしまった。
 次の新月は28日後。
 これからあと何回、儀式をしたらジュリアは目を覚ますのだろう?
 彼女が目覚めた時、わたしはかつらがいらなくなっているだろうか。
 同時に、わたし異世界ライフは終わりを告げる。
 
 貴文や美奈のことを考えると気が重いのだけれど。


第1話 満月と新月の夜 完

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