幸せでいるための秘密
「また蛾が出たか?」

「ううん、そうじゃなくて」

 恥ずかしそうに笑う私の手元へ視線をやり、波留くんはパッと眉を上げるとほころぶ口元を手で押さえた。そんなに嬉しそうにされると、こっちも少し照れてしまう。

「ルイボスティー飲んだことある?」

「いや、初めてだ」

「苦手だったら下げるから」

 湯気の香りを少し嗅いで、波留くんは赤茶の水面に口付けた。味わうように伏せられた長いまつげが、やわく緩んだ目元と同時に持ち上がる。

「たぶん美味しい」

「たぶん?」

「嬉しくて味がわからない」

 ……まったく、よくまあこんな恥ずかしい言葉がぽんぽんぽんぽん出てくるなぁ、と。

 表向きは呆れた顔をしながら、私は赤くなった耳を隠すように髪をいじる。

 美咲は波留くんのことを『何を考えているかよくわからない』と言った。確かに私も、今まではそう思っていた。

 でも今は、ほんの少しだけその印象を訂正したい。波留くんはけっこう顔に出る。少なくとも、嬉しいときは。

「じゃあ私、行くね」

「ああ、おやすみ。これは味わって飲むよ」

「また言ってくれたらいつでも淹れるから。おやすみ」

 くゆる湯気の向こうで小さく微笑む波留くんに背を向け、私はおしゃれが充満した部屋を後にした。波留くんの部屋には初めて入ったけど、見た目通りに洗練されたモデルルームみたいな部屋だ。

 容姿端麗、成績優秀、大学卒業後はストレートで弁護士になった、弓道部の『王子様』。住んでいるマンションはとても広くて家電は全部最新式。寝室は洋楽が流れるモノトーンのおしゃれ空間。つくづくフィクションの世界の住人みたいだなと思う。

 でも、強く抱きしめられた身体は、確かに熱を持っていた。


 ――波留くんは私を好きだと言った。


 その理由はわからない。でも。

(私、信じてもいいのかな)

 波留くんの言葉を。

 好きだという想いを。
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