幸せでいるための秘密
第十章 警告と予兆
「びっくりさせてごめんね? 玲一の姉の一華でーす」

 ダイニングチェアにふんぞり返り、朝からハイボールの缶を開ける一華さん。

 厚めのお化粧でわかりづらいけれど、言われてみれば目元や鼻が椎名くんとよく似ている。お年はそこそこ上なのかな? 大きく開いたタンクトップの襟元から強烈な谷間が覗いている。

「よ、よろしくお願いします」

「よろしくー」

 正直なところ、椎名くんのお姉さんじゃなければ絶対によろしくしたくないタイプだ。電車で真横に座られたら隣の車両に逃げると思う。それはこの人が悪いというわけではなくて、単に私がこういう女性をものすごく苦手にしているだけだ。

 それに椎名くんのお姉さんということは、樹くんの従姉でもあるわけで……まったく、美男美女を何代かけ合わせればこういう顔面偏差値の一族になるのだろう。

「一華ちゃん、来るときは連絡してって、俺言ったよね?」

「別にいいじゃん、帰国したのに教えてくれないあんたが悪い。まァ、まさか樹にも会えるとは思ってなかったからそこはラッキーだけどね」

 そう言うと、一華さんは樹くんの肩を抱き寄せ、ほっぺに、ちゅっと、……キス、した……!?

「ニカとミカに自慢しよっと。樹笑ってー」

「嫌です」

「じゃあそのまんまでもいいわー、あんた顔良いから。カメラだけ見て、目線コッチー」

 自撮りをはじめた一華さんの肩を押しのけ、樹くんはキスされた頬を拭っている。驚きも戸惑いもない無表情。もしかしてこの人たち、これが普通のコミュニケーションなの?

 あたりまえだけどこの空間で私一人が完全に部外者。流れるように始まる会話に、私だけが置いてけぼりで借りてきた猫みたいに縮こまっている。居心地が悪い。いや、でも考えてみれば、今までがちょっと不自然なくらい居心地が良すぎたのかもしれない。

(彰良から逃げるためとはいえ、私、ちょっと二人に甘えすぎてたな)

「そーいや、ユリアちゃーん?」

 思いっきりお酒臭い息が耳元から直接ふりかかってきて、私はとっさに息を止めると一華さんのほうを睨んでしまった。一華さんはまったく気にした様子もなく、私の肩に寄りかかりながらぐいぐいハイボールを呑んでいる。

「……百合香です……」

「百合香ね! おっけおっけ! あんたって結局どっちの女なの? 玲一? 樹? 共用?」

 共用ってなんだ。共用って。
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