婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
 暫くして、妙に寝付けない私は気分こなしに部屋を出た。
 シンと静まり返った屋敷の中は、当然にランタンも消えて自分一人の世界の広がりを知覚させられる。
 足音を立てず、ソロリと歩く。
 使用人のいない生活にも慣れた。
 あの屋敷に住んでいた頃は、夜間には夜間の人間がいた。
 慣れぬのは、消えてくれない記憶だけだ。

 瞬間何かが音を立てた。それは小さいが、この静寂に置いて強弱に意味は無い。
 小さな虫だ。虫の名前は知らないがコロコロと小さく鳴いている。 
 それは綺麗であったが、だからこそこのような場所にいるものではない。
 その虫を優しく摘むと、窓から外へと離す。
 羽を広げ光輝く夜空へと消えていった。

 夜空。
 そういえばこちらに来てからまともに見た事はない。
 窓から見えるその景色は、実に美しいものだった。月明かりに照らされた雲が、まるで白い絨毯のように流れていく。この世界が丸いことを、如実な表現だ。
 そして何よりも星々の輝きが素晴らしい。
 煌々としたその光景に、思わず見惚れてしまう。
 この世には美しいと思える物がある。
 人の醜さすらも包み込む清廉さがそこにはある。

 そんな時、背後から声をかけられた。
 振り向けばそこにいたのはウイル様だった。
 彼は少しばかり驚いた表情を浮かべていたが、
すぐにその顔は穏やかなものに変わる。
 そのまま窓枠に手をかけると、同じように外を眺め始めた。
 しかし、何故ここに? 疑問が湧くと同時に、彼が口を開いた。
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