婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
「申し訳ありません。私は、貴方の想いに応えることはできません」
「……」
「ですが、感謝しております。このような私を気遣って頂き、誠に感謝致します。その御恩を返させて頂きますので、それまでを共とさせて頂くという形でならば」

 瞬間、ウイル様の手の力が解かれる。
 抱き寄せていた私の顔から、その逞しい胸元が離れ。
 いや、やはり卑しきは私という女だ。何故、もの寂しさなど感じてしまうのか。
 
 認める訳にはいかない、あの方の胸の内に、私の心が捉えられているなどと。
 捨てて、忘れ去られるべき卑しさなのだ。あのような感情如きは。

「わかった。……では、それまでは俺は今のままでいよう。貴女の傍にいると約束したい」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで、これ以上はありません」

 その日はそれで、どちからと言うでも無く解散となった。
 それぞれの部屋へと戻り、ベッドへ蹲る私は、今に縋り付く未練を失わずに済んだ事に安堵を覚えて、離す事を躊躇って……。

 だから、卑しいのだ。私如きは……。


 いつの間にか、意識は夢の中へと逃げのびていた。

 ……
 …………
 ………………

 あの夜の事、私達二人は口にも、勿論態度にも出さず。
 この共同生活は、順調であると言って差し支えない。
 いつかは終わらせなければ、そうだ、終わらせなければならないのに。
 この生活を楽しんでいる自分がいた。
 それは、とても浅ましい考えだ。
 私には、そのような資格など無いはずなのに。
 ウイル様は、毎日のように屋敷に帰ってこられた。
 その度に、私に色々と話をしてくれる。
 狩りの話や、森で起こった出来事など、やはりどれもが新鮮で興味深かった。
 そう思わせるように話すのだから、この方には話術の才覚が見える。

 ――ああ、いつまで。せめて、このまどろみの中で死ねるなら。

 つまらない願いだ。死を願う者に女神は微笑みを与えては下さらないのに。






 終わりは訪れた、私の望むように。
 そして、私の望まぬ形で。
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