あの日の出会いを、僕はまだ覚えている
魚になりたい
ゆらゆらと泳ぐ魚が好き。
水の中を自由自在。

時にはゆっくり、時には機敏に。

広い広い海の中をわたしもあんな風に泳いでみたいなぁ。
そしたらどこへでも泳いで行けちゃうのに。

なんて、堤防の先っちょの方でじっと海を覗き込んでいたら――。

「ちょっと待ったぁ!」

と突然腕を引かれ、勢いでよろめいて「わわわっ」とその場に尻餅をついた。

「ったぁ~!」

お尻をさすりさすり、打ち付けた尾てい骨あたりに鈍い痛みを覚えながら顔を上げれば、わたしと同じくらいだろうか、中学生らしき男子が必死な顔をしている。

「早まっちゃダメだ!」

「……は?」

「生きていれば絶対良いことあるって!」

「……え? あ、うん?」

頷いてみるも、そもそもわたしはただ海を覗いていただけで、そんな必死に止められるようなことはしていないんだけど。

そんな様子に気付いたのか、男子の顔はみるみるうちに赤くなっていく。

「あ、あれ? もしかして俺の勘違い?」

「あ、うん、たぶん。別に早まってないよ」

「――ごめんっ!」

ぱんっと顔の前で両手を合わせてごめんのポーズ。
それが何だか可笑しくてわたしは笑った。

「いいよ。でも、そんなに飛び込みそうに見えたの?」

「うん、今にも海に入っていきそうなくらい思い詰めた顔してるように見えた」

「魚になりたいなーって思って」

「魚に?」

「うん。海の中を自由自在に泳げたら素敵じゃない? だから見てたんだ」

わたしは再び海を覗き込む。
小さな魚が群れをなしてわたしの目の前を優雅に泳いでいく。
ポカポカと照る太陽と時おり吹く柔らかな潮風が心地良いし、ずっと見ていられるようだ。
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