あの日の出会いを、僕はまだ覚えている
わたしはこうしてたまに海を眺めに来る。
春休みの今は、家にいてもつまらないから毎日のようにここに来ている。

「君は何しに来たの?」

「俺は釣り。こうやって――」

彼は持っていた釣竿をポトンと海に落とした。
小さい針が何本かついていて、一番先に籠のようなものがついていた。

じっと見ていると垂らした釣り糸に魚が寄ってくるのがわかる。

「魚来たよ!」

「うん、でもまだ。もうちょっと」

彼はじっと釣竿を見つめる。
ぐぐっと竿がしなった。
ぐるぐると糸を巻くと針の先に魚が二匹もついていた。

「すごい! なんか釣れてる!」

「これはアジゴ」

「あじご?」

「鯵の子ども。魚になりたい君に言うのはちょっと躊躇われるんだけど……から揚げにするとめちゃくちゃ美味い」

「食べちゃうの?」

不安そうに聞いてみれば彼は少し困った顔をして「えっと、……うん、なんかごめん」と謝った。

「ふふっ、ごめん、冗談だよ。わたし、魚になりたいけど魚を食べるのも大好き。鯵のから揚げ最高じゃん!」

「えー、そうなんだ?」

「そうなんだよ。釣りはしたことないけど」

「じゃあ、やってみる?」

「いいの?」

彼の釣竿を借りて持ち方と糸の巻き方を教えてもらった。
くるくる巻くやつはリールって言うらしい。
籠の中には餌を入れるんだって。
でもそれは彼がやってくれた。
わたしは糸を緩めて海に落とすだけ。

ポトンと籠が海に落ちていく。
すぐに魚が集まってきた。
コンコンと微かに振動が竿を伝ってくる。

「なんかコンコンってなってる」

「それは魚が餌を突いているから。もう少しググってなるまで巻いちゃダメ」

「難しいなぁ」

ググってどんなだろう?
そんなのわかるのかな?

なんて思ったけど、すぐにわかった。
コンコンとは違うぐっと持っていかれるような引き。

「巻いていい? 巻いていいよね?」

思わず興奮気味に言うと、彼は「慎重に」と揺れる釣竿をいい角度で押さえてくれる。
ぐるぐるとリールを巻くと、五つある針のうち一つだけ小さな鯵がくっついていた。

「えー! あんなに強いからもっと大きいのかもっとたくさん釣れたのかと思ったのに」

「俺も初めて釣りしたときはそう思った」

「いつから釣りしてるの?」

「小学三年から」

一人で来ているのかなと思ったけど違った。
彼はお父さんと来ていて、彼が指差す先、すぐ近くでお父さんも釣りをしていた。

わたしはしょっちゅうこの港に来ているし釣り人の姿もよく見かけるけど、彼らを見るのは初めてだった。
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