転生したら幼精霊でした~愛が重い聖獣さまと、王子さまを守るのです!~

1 目が覚めたらそこは

 その日は不思議な目覚めの朝だった。
 いつもと同じのようでいつもとまるで違う世界に生まれたような気持ちで、ジーンはその朝目を開いた。
――そろそろ起きなよ、ねぼすけ。
 からかうような声が笑いながら周りを飛び交っていて、とても眠っていられなかったのだ。
 声の一つがふいに近づいて、ジーンのすぐ隣にとまる。
――ジーンってば。
「ひゃっ!」
 はちみつ色をした小さな鼻をつつかれて、ジーンは跳ね起きる。
 見開いた瞳は何千年も木の中で守られてきた宝石のように、鮮やかな琥珀色をしていた。
 まだ起きた実感がわかないまま、ジーンはきょろきょろと辺りを見回す。ぱっと彼女の周りから小鳥たちが飛び立った。
(……あ、いつもみたいに起こしてくれたんだ)
 ジーンは小鳥たちの後ろ姿を眺めて、ようやく少し安心した。
(どうしていつもと違うみたいに思ったんだろう)
 ジーンは首を傾げながら、木の床に足を下ろした。
 袖を通して、肌着の上に赤、青、緑と色とりどりのパッチワークがされたスカートを被る。
「あれ?」
 部屋を出ようとして、ジーンは声を上げる。
 振り向くと、ジーンのスカートの裾を子ヤギが引っ張って何かを伝えていた。
「うわぁ」
 鏡を覗き込んで、ジーンはそこに好き放題に髪が跳ねている自分をみとめる。
 ジーンは大急ぎで髪を直すことにした。もつれる髪に悪戦苦闘しながらくしで髪を梳いて、ジーンはふと首を傾げる。
 緑がかった癖毛の長い金髪、同じ色の瞳で、肌ははちみつ色に近い。年はもうすぐ九歳で、最近文字が書けるようになったのがすごくうれしい。
 ……そんな自分は昨日も見たはずなのに、どうして意外に感じるのだろう?
 ジーンは不思議な気持ちで小屋を出て、外の湧水で顔を洗う。また何かにスカートの裾を引かれた。
 振り向くと、同い年くらいの二匹の小鹿がそれぞれ白い靴下と茶色の靴をくわえていた。
「ごめん、ありがとう」
 ジーンは慌てて手を伸ばして、靴下と靴を履く。
 ふとジーンは空を仰ぐ。枝が絡み合う中に、鏡のように澄んだ青い空が丸く見えていた。
(……今、誰かいたような)
 ジーンは彼女の周りに集まる動物たちを見回したが、馴染みの動物たちばかりだ。
 だが一瞬、青い空の向こうから懐かしい眼差しが届いたように感じたのは……ジーンの気のせいだったのだろうか。
 ここは木の国と呼ばれている国で、氷の海が迫る北の彼方にある。
 周囲は一年のほとんどが雪で覆われているような土地だが、ここだけは緑の楽園が広がっていた。
 それは一本の大樹のおかげだった。それはそれは大きな樹で、そこから伸びる無数の枝から様々な植物が伸びる。
 さながら命の泉が湧き出るように、生き物たちが集まってくる地だった。
 ジーンは昔からここで暮らしている家系だが、ジーンのように大樹の上で生活している人は、今はもうジーンともう一人しかいない。
 その難しい歴史を思い出そうとして、ジーンはもっと大切なことに気づく。
「朝のおしごとをしないと」
 ジーンは誰にともなく言って立ち上がった。
 ジーンは小屋の周りに伸びる緑のつたを引いて、小さな籠でのぼっていく。
 籠の辿り着くところに庭がある。大樹の中から流れてくる水のおかげで、雨が降らなくても草木が青々と茂っていた。
 木々の隙間から金色の陽光が差し込んで、辺りを明るく照らし出していた。
 大きなりんごの木の下でジーンは立ち止まる。
(あの辺り……元気ない)
 りんごの木を見上げて、ジーンは右手の葉がしおれていることに気づいた。
 ジーンは梯子を登って、おもいきって枝を折る。
(この辺に水の流れがあるから)
 梯子を下りて新しい挿し木の場所をみつけると、腕に抱えているりんごの枝を差し込む。一晩も経てばきちんと根付くだろう。
 紐で縛ったり枯れた葉を落として陽が当たるようにりんごの木を世話していたら、ジーンの目の前に金色のりんごが落ちてきた。
 ジーンのお腹がこくりと鳴った。
 ジーンはりんごを拾って、これをいつも一緒に食べるひとを思った。
(朝の早いひとだから、たぶんとっくに起きてる)
 大樹の木陰で、陽光が雫のように下りてくる。それを見ていたら、ジーンは急に眠気に襲われた。
 よく晴れた日になりそうだった。木漏れ日は金色の波のようにたゆたっていた。
 ジーンは草むらに手足を投げ出して横になると、夢を見ていた。
 夢の中でジーンは空を飛んでいた。大樹の周りを鳥たちと一緒に飛び回りながら、ぐんぐん高く昇っていく。
 ジーンは楽しくて楽しくて、思い切り笑い声を立てる。大樹も伸びて、大樹に住む動物たちの鳴き声も重なる。
 でも枝が徐々に細くなって大樹の頂上が見えようとした時、ジーンは空一面を黒い雲が覆っていることに気づいた。
 こぽりと泡立つように黒い雲が動いたかと思うと、そこから黒い雫が降ってくる。雫は泥のように粘つき、鳥や獣たちを、そして大樹を腐らせていってしまう。
 ジーンは黒い雫を生き物たちから振り払おうとしたが、それはジーンの体にも絡みついて自由を奪った。
 真っ逆さまにジーンは落ちて行く。雫が取りついたところからジーンの体は溶かされていく。
「うう!」
 激痛に目を覚まして、ジーンはそこがいつものりんごの木の下であることに気づいた。
 ジーンの周りには毛足の長い動物たちがくっついている。
「大丈夫」
 ジーンは忙しない音を立てる胸を押さえて、一生懸命自分を落ち着かせようとした。
(怖い夢を見ちゃった)
 黒い雲から落ちる雫が、動物たちや木やそして自分を腐らせていった。
 たまらなく不安になったジーンは、体を小さくしてぎゅっと目を閉じていた。自分が消えてなくなってしまうような思いを、どうにかやり過ごそうとする。
――怖いときは、いつも私を思い出してください。
 ふいにジーンの耳に一つの声が蘇って、ジーンはそろそろと体を起こす。
「……そうだった。いつも、側に」
 光が差す方に向かうように、ジーンはお隣の家に向かって歩き出した。
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