神様の寵愛は楽ではない

4、ひとめぼれ②

 華連がわたしの恋愛を喜んだのには理由がある。
 わたしたちは中高一貫校でずっと一緒のクラスだった。
 
 わたしはというと、あの頃から眼鏡をかけていた。
 美容やファッションに興味がなくて、毎日おなじ後で一つにまとめた髪で、都会の学校にあこがれていたから学業優先で、受験勉強に励んでいた。
 華連の取り巻く女子たちのおしゃれ女子ヒエラルキーでは底辺に位置する地味な女子が、わたしだった。
 華連は特別勉強を頑張る様子はなかった。
 雑誌や広告のモデルの仕事を紹介してもらったりしてバイトを楽しみながら、一芸入試と小論文で、わたしとおなじ大学に合格した。
 生まれながらに華やかな道を進む子は、労せず望むものを手に入れるんだと世の無常を思い知ったのだった。

 大学生になり、受験から解放され気分が楽になれば、そんなわたしでも好きだと言ってくれる国文の別のコースの先輩がいた。告白され、わたしを見てくれている人がいるんだとうれしかった。はじめて、彼と誰もいない教室でキスをした。
 大学で恋愛デビューをするんだと意気込んだ。
 何回目かのデートを経て、誘われるままに彼の部屋にいく。
 今日はキス以上も進む予定である。口にしないけれど、わたしも、彼も。
 彼のキスが点々と下に降りていく。
 ボタンが外され、背中のブラのホックを彼は慣れた手つきで外したことで、わたしと違って彼ははじめてじゃないのを知った。
 そして、鎖骨の下に唇が触れた時、一瞬の間があった。
 わたしの期待度はマックス状態で、恥じらいのメーターはとっくに振り切れている。ためらう彼の頭を構わず胸に押しつけた。

「うわあ、なにこれ、胸、すごいことになっているじゃん!これって日焼け跡?それとも赤いし湿疹?まさか、生まれつきのあざ、とか……?」
「はへ……?」

 彼は腕をつっぱってわたしを無理矢理引きはがした。
 べりべりという音が聞こえてきそうな勢いだった。
 わたしの胸の、何を眺めているのかわからない。
 カーテンの隙間から、午後も半ばのけだるい陽光がわたしの胸元を照らす。
 顎を引いて胸を見ると、興奮に上下に弾む肌に、点々と赤みを帯びたあざがあった。
 鎖骨の下から天の川の星のように数えられないほど多くの見慣れないあざが、散らばっていた。
 彼が見ていたものはそれだった。
 いつからこのあざができていたのかわからなかった。
 モデルをしている華連じゃあるまいし、裸の身体を鏡にうつしてボディチェックする趣味はなかったから。
 わたしも心底驚いて怖かったけれど、先輩が顔をゆがめ、気持ち悪い虫が這うのを見てしまったかのようなたじろぐ様子を見て、ほんの少し前に服を脱がせながら好きだよとささやいていたわたしへの気持ちがゆらいでいるのを知ってしまった。

「櫻木、それやばいよ、それ、何なの?はじめから言ってくれたら覚悟してたのに。病院にいってないの?うそだろ、気が付いてなかったって?ほんとうかよ、赤い斑点が体中に広がっているのに?突然だって?漆かなにかにかぶれたんじゃないなら、あざ?あざも気が付かないのも変だよ。悪性の腫瘍だったら大変だよ。び、病院への俺の付き添いる?肌を見せるのに男の俺だと気まずいよね。婦人科系の病気だったら、男の俺に知られてもさらに気まずいよね。絶対に言いふらすことなんてないけど。でも、俺より華連ちゃんに付き添ってもらった方がいいよ」

 彼のそれは、萎えていた。
 わたしの方がショックだった。
 その後、どうやって寮に戻ったのかわからない。
 華連に病院に一緒についてきてもらった。
 だけど皮膚科の女医先生の前で、服を脱いでも、不思議なことに身体のどこを探してもあれはなかった。
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