アリンコと佐藤くん

2 勇気がわいた? モソモソのマカロン

 やっと涙が引っこんだあと、あたしはお母さんに、佐藤くんに大失恋してしまったことを話した。
「さいきん、ときどき帰りが遅かったり、休みの日にコソコソ出かけて行ったりしてたのは、そういうことだったのね」
 あたしは力なくうなずいて。
「おかしいよね。はじめは別の男の子にあこがれてたのに、まちがえてプレゼントあげた男の子のほうに恋しちゃうなんて」
 お母さんにも、
「凛子ったらバカねぇ」
 って、あきれられるだろうな。
 そう覚悟していたんだけど。
 お母さんは大まじめな顔で、
「なに言ってんの。そんなの全然めずらしいことじゃないわよ。ハプニングから起こる出会いなんていくらでもあるもの」
 と返した。
「で……でも、はじめは佐藤くんのこと、好きとかじゃなくて、むしろ、コワくて避けちゃうくらい苦手なタイプだったんだよ?」
 あたしの言葉に、お母さんはクスッとほほえんで。
「それが恋ってものよ。お母さんも、大学生のとき、同じゼミでお父さんと知り合ったころは結婚するなんて思ってもみなかったもの。まったく好みのタイプとちがったし」
「そうなの?」
 ふだん、お父さんとお母さんがケンカしているところなんてほとんど見ないから、出会ったはじめからずっと、仲がよかったって思ってたけど。
「そうよ。出会った当時のお父さんってばシャイで、口下手で、どっちかって言うと苦手な雰囲気だったの。それにね、なにかと間が悪いのよ。お母さんがダイエットはじめようとしたその日に、ゼミのみんなで食べよう! って、おっきなシュークリームの詰め合わせ買って来たりして。おたがい悪気はないのに、なにかと気持ちがすれちがって、よくケンカしたものよ」
 お父さんのなにかと間が悪いところ……うん、確かに分かる気がする。
「でもね、いつもお母さんの話にやさしく耳をかたむけてくれて。はじめはとっつきにくかったのに、いつの間にかお父さんといっしょにいるのが心地よくなってきたのよね。今はダイエットよりも、すっかり甘いお菓子のほうに情熱がかたむいちゃった」
 と、お母さんがテーブルの上に置いたのは、たくさんの白とピンクのマカロンが盛られたお皿。
「わぁ、すごい。これ、どうしたの?」
「ためしに作ってみたのよ。お父さんからのホワイトデー、凛子にはキャンデーだったけど、お母さんにはマカロンだったの。食べてるうちに、これ自分でもできないかなって創作意欲がわいてきて。ねぇ、凛子も味見してみてくれる?」
 あたしがお菓子作りを始めたきっかけは、お母さんの影響。
 お母さん、あたしが小さいころから、たびたび手作りのケーキやプリンを作ってくれたの。
 だから、あたしもよくお母さんのお手伝いをしていて。
 そのうち自分でもお菓子を作るようになったんだ。
 このごろは、お母さんもパート等で忙しかったから、久々に作ってもらったお菓子、うれしいな。
 パクッ、と口にしてみると。
「んん?」
 見かけはとってもいい。まずくもないんだけど。
「ビ、ビミョー……」
 マカロンって言われると、ちょっとちがうかな?
「イマイチだった?」
 お母さんも手に取って食べてみると、やっぱりあたしと同じように苦笑いして。
「ホント。マカロンの皮がネチャッとしてる。もっとサクッとするはずだったのに。やっぱり一回作っただけじゃそんなにうまくいかないか」
「めずらしいね、お母さんが失敗するなんて」
 だけど、お母さんは首を横に振る。
「そうそうすぐには成功しないわよ。むしろ、はじめてのことは失敗してあたり前。何事も何回もトライして、ようやくうまくいくんだから」
 何事も……。
「でも、恋愛はそうはいかないよね?」
 おずおずとたずねてみると。
「やーね、さっきも言ったでしょ? 今までお父さんとは何度もケンカしてきたって。でも、なんだなんだでいつの間にか仲直りしてるの。それができるのは、どこかでおたがいのこと信頼してるのかもしれないわね」
 と、口元をゆるめるお母さん。
「あたしもまた、佐藤くんとなかよくできるかな……?」
 またそんな日が訪れるなんて、想像もつかないけど。
 お母さんは、ちょっとモソモソしたマカロンを口に運びながら、
「そうねぇ。その子も凛子のことが好きだったんでしょ? だったら、凛子が心をこめてあやまれば、きっと分かってくれるわよ。どんなに不器用で、たどたどしくても、心がこもっていれば必ず相手に伝わるはずだから」
 あれ? なんだかその言葉、前にもどこかで聞いた気がする。
 どこだったっけな? と考えていると、お皿に盛られたピンクのマカロンに目が止まった。
 そうだ、メルルン!
『もこフレ』の映画で、メルルンがボアボアとケンカしたとき。
「だいじょうぶ! ボアボアはぜったいに見つかるよ。あんなになかよしだったんだもん。心をこめてあやまれば、ボアボアにもきっとメルルンの気持ち、伝わるよ!」
 メルルンの仲間たちが、そうはげましてたっけ。
 あたしも、メルルンみたいにできるかな?
 今は銀河にひとりぼっちで投げ出されたみたいにさびしい気持ちでいっぱいだけど、ボアボアの元にたどり着くことができるのかな?
 あたしは自分の部屋にもどって、押し入れの中から佐藤くんにもらったメルルンのぬいぐるみと、ボアボアのマスコットを取り出した。
 佐藤くんと会わなくなって以来、思い出すのがつらくて、つい押し入れにしまいこんじゃってたんだ。
「ゴメンね、暗いところに押しこめて」
 あたしはメルルンのぬいぐるみをギュッと抱きしめて、ボアボアの頭をよしよしとなでた。
 決めた。
 あたし、もう逃げない。
 今度こそ、きちんと向き合うんだ。自分の気持ちに。
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