初恋カレイドスコープ



 シンガポールと、都内のホテル。

 それぞれ趣の違う夜を経て、私と社長代理の関係は未だまっさら白紙のまま。あのあとホテルで目が覚めてからも、彼は私を気遣うばかりで、あんな場所なのに妖しい雰囲気のひとつも無いまま解散となった。

 私は――社長代理が好き。

 でも、だからといってそう簡単にどうにかなれるわけではない。なにせ相手は弊社のトップ。普通なら視線すら交わらないような、言ってしまえば高嶺の花だ。

(シンガポールで偶然会えたのは本当に奇跡だったんだな)

 悩む私をまるで無視して、今日も仕事はやってくる。

 ちょっとトイレに行っている間に、デスクに積まれる書類の山。これを分野別に仕分けして、社長代理へ提出しなければならない。

(うわあ、きついな)

 というげんなりした気持ちと、

(これを捌けば社長代理の顔を堂々と見に行ける)

 なんて下心が半々。まったく、我ながらちょっと浮足立っているとは思う。

 秘書課に異動して約ひと月。

 新人である私の立場は、しいていうなら秘書アシスタントといったところだろうか。秘書課のメインの社長秘書は今までと変わらず鮫島先輩。他の先輩方はさまざまな役員のサポートに就いている。

 私はまだ半人前だから、鮫島先輩のオマケ程度の働きしかできていないのだけど、いずれは一人前の秘書として社長代理の隣を歩いてみたい。そして可能ならもう少し親密な……いや、それはさすがに無理か。

 夢ばかりが膨らんで、もう、やっぱり私、浮ついているな。

「ああ、いた。高階さん!」

 秘書課のオフィスで社長代理以外の男性の声? と思ったら、営業課時代の先輩がずかずかと部屋へ入ってきた。

 私は慌てて立ち上がって、先輩の方へと歩み寄る。大きな声を出されたものだから、周りの視線が少し痛い。

「お久しぶりです。どうされたんですか」

「突然ごめんね、ちょっとお願いがあってさ。今日の夜、空いてない?」

 聞き覚えのある言い回しに脳内でサイレンが鳴り響く。嫌な予感。でも、話を聞かないわけにもいかない。

「実は岡水の営業さんと飲むことになったんだけど、なんかあちらのお偉いさんに『高階さんも当然来るんでしょ?』って言われちゃってさ」

< 19 / 110 >

この作品をシェア

pagetop