初恋カレイドスコープ
ひとり、またひとりと、子どもたちが大きく手を振ってバスを降りていく。
最後の子は何度も振り返り、その場で懸命にジャンプしながら「お兄ちゃん先生、またね!」と社長代理へ両手を振っていた。
さきほどまでの賑やかさが嘘みたいに静かなバスの中、社長代理は一番後ろの席でぼんやりと外を眺めている。
「大人気でしたね、『お兄ちゃん先生』」
私は社長代理と同じ一番後ろの長い座席の、彼とは反対側の端へ腰を下ろした。社長代理は頬杖を突いたまま、疲れたように、でもどこか清々しい表情で、ふっと小さく笑みを見せる。
「困っちゃうね。もう、モテてモテて」
「どんな魔法を使ったんですか? この短時間であんなに仲良くなるなんて」
「特別なことはしてないよ。ただ目を合わせて、話を最後まで聞いてあげただけ。世の中それができない大人がちょっと多すぎるんだよな」
引率の先生の目配せを受けて、バスが再び動き出す。窓の下を覗き込めば、さっきの子どもがママと手を繋いで歩道を歩く姿が見える。
無邪気で可愛らしい笑顔が、ゆっくり後方へ遠ざかる。今日あった楽しい出来事を、いっぱい話しているのかな。
「ありがとう」
ふいの言葉に顔を上げると、社長代理は私の方へ曖昧な笑みを浮かべていた。あまりの綺麗さに少したじろいだ私を見据え、彼は朗々と、物語を読み聞かせるような声で続ける。
「気を遣ってくれたんでしょ? 俺が一人にならないようにって」
「…………」
「俺が脛に疵を持つせいで、高階にはずいぶん迷惑をかけているね。本当に、申し訳ないと思っているよ」
脛に疵なんて、そんなこと。今言いふらされている内容なんて、どれもこれも事実とは違う嘘ばかり。特に小学校の頃の写真をあげつらって嗤うなんて、あんなの程度の低い幼稚ないじめでしかない。
なのにどうして社長代理が謝らなければいけないのだろう。この人はただ被害者なだけ。治りきらない古傷をえぐられ、ひとり苦しんでいるだけだ。
「そんなこと……」
上手い言葉が思いつかなくて、私はそのまま押し黙る。どのような言葉を掛けたら社長代理を安心させてあげられるか、一生懸命考えるけど良い言葉が思い浮かばない。
震えるこぶしを両手に置いて、私はじっと黙り込む。社長代理は私の姿を軽く横目で見やってから、一人で何か納得したみたいにもう一度視線を外へと投げた。
見慣れない街の風景が夕闇に飲み込まれていく。色鮮やかな橙色を深く暗い闇が少しずつ覆い、その上にはぽつりぽつりと小さな星が煌めき始める。