目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。

06.


 目の前に立ちはだかる壁はいくつもあり、そしてどれもが大きかった。
 それでも、私は一つ一つを乗り越えてゆく。



「単刀直入に申し上げます。旦那様が倒れられた今、近いうちに当家は立ち行かなくなるでしょう。この家を存続させるため、多くを切り詰める必要があります。皆のお給金も大幅に下げざるを得ませんが、辞めたいという方は遠慮なく申し出て下さい。次の職場への便宜も、できる限り図りたいと思います」

 私は屋敷の大広間に使用人たちを集め、そうやって希望退職者を募った。
 家を存続させるといっても、カミルと同じことができるわけではない。現実は自覚しなければならない。
 規模を縮小するのはやむを得ないことであり、その中でいかにしてここを守っていくか。それが肝だった。

 実家であるヴァルテンブルク家からの助けも期待はできなかった。
 カミルが倒れた次の年、ちょうど生家の領土内では凶作からの暴動が起こり、父や兄はその対処に追われていた。
 財政的にも苦境といえる状況で、娘の嫁ぎ先とはいえ、他家への援助にかまけている暇はない。
 表立って言われはしないけど、むしろこの時期に意識を失った夫に、逆に兄たちは恨み言を述べたいくらいだったと思う。
 「こっちが助けて欲しいのに、肝心な時に役に立たない奴め」と。
 結局、こちらの家は私一人で何とかするしかなく、そのためには経費削減は何を置いても火急の任務だった。
 

 けれど、トレーガー家の使用人たちは、家庭の事情等で辞めざるを得なかった者を除き、ほぼ全員が薄給を受け入れ、残ってくれた。

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