アオハル・スノーガール

緊張の対面

「千冬ー、来れたんだー!」

 郷土研と写真部による、コスプレ撮影会。その会場である教室に白塚先輩と一緒にやって来たけれど、とたんに王子様が抱きついて出迎えてくれた。……王子様の衣装を身にまとった、里紅ちゃんが。

「里紅ちゃん……。それって劇で使った衣装だよね」
「そ。劇は終わったんだけど、せっかくだから記念写真を撮ってもらおうと思って、着てきちゃった」

 ひらひらとマントをはためかす里紅ちゃん。彼女が着ている衣装は、私達のクラスの劇、白雪姫で使われたもの。里紅ちゃんはその劇で、王子様を演じていたのだ。

 女の子なのに王子様? なんて思っちゃいけない。
 キリッとした目をしてポニーテールを揺らす里紅ちゃんは、その辺の男子よりもずっと凛々しくて格好良いのだ。

 撮影会は、思っていた以上の賑わいを見せていて、鬼やら狐やら、妖のコスプレをした生徒達が代わる代わる写真を撮ってもらっている。
 すると頭に耳を生やして着物を着た猫又が、こっちに近づいてきた。

「千冬ちゃん、昨日急に帰っちゃったから、心配したんだよ。熱を出して早退したんだってね」
「うん……って、もしかして楓花ちゃん!?」
「せいかーい」

 可愛らしい猫又と化した楓花ちゃんが、これまた可愛らしい声で答える。
 驚いたよ。衣装を着ただけでなく、メイクまでバッチリしていたから、一瞬誰か分からなかった。
 けど、すっごく似合ってる。

「昨日は、勝手に帰っちゃってごめんね。手伝いもできなくて」
「いいっていいって。それよりせっかく来たんだから、千冬ちゃんも写真撮っていくよね? どれが良いかなあ」
「楓花と同じ、猫又にする? この前白塚先輩がやっていた、鬼姫もいいよね。千冬なら、ウィッグをつけなくても十分映えるし」

 里紅ちゃんと楓花ちゃんは吟味し始めたけど、ゴメン。そうしたいのは山々なんだけど、先にやらなくちゃいけない事があるの。
 すると私よりも先に、白塚先輩が動いた。

「あー、二人とも少し待ってくれ。連れて来て早々悪いけど、先約があってね。またすぐに借りていくよ」
「ええー、来たばかりなのに―」
「白塚先輩、千冬ちゃんを独り占めしすぎです。……けど、事情があるんですよね。仕方がない、いいですよね先輩方」

 岡留くんもいないし、私も白塚先輩も行ってしまったら、撮影会は写真部の人達に丸投げになっちゃうけど。ありがたいことに、先輩達は快く承諾してくれた。

「千冬も白塚先輩も、用事がすんだらちゃんと顔を出してよー」
「うん、また後でね」
「了解したよ。私も千冬ちゃんやみんなと、記念写真くらい撮りたいからね」

 私も撮りたいな、記念写真。先輩とも里紅ちゃんとも、楓花ちゃんとも……あ、そうだ。

「ねえ、今から衣装を着ちゃダメかな? やってみたいコスプレがあるの」

 ふと思い付いた、あるアイディア。
 それを聞いた里紅ちゃんと楓花ちゃんは、一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに笑顔で頷いてくれた。

「うん、良いんじゃないの。千冬なら、きっと似合うよ」
「その衣装なら、たしかあったはずだよ。ええとね……」

 いそいそと衣装を準備してくれる二人。
 それからしばらくした後、私は来た時とは違う衣装に身を包んで。里紅ちゃんと楓花ちゃんに見送られながら、教室を後にするのだった。


◇◆◇◆


 コスプレ撮影会も盛況だったけど、次にやって来た一年三組の教室は、もっと多くの人でごった返していた。
 白塚先輩と二人して、入り口から中の様子を窺ってみると、よほど評判がいいのか、教室の中はほとんど満席で。そんな中一際目立つウェイターが。

「お待たせしました、カフェオレになります」
「ありがとー。君、一年生だよね。ねえねえ、良かったら番号交換しない?」
「すみません、個人情報に関わるサービスは行っていません」

 丁度教室の真ん中あたり。白と黒のシックなウェイター服を着て、エプロンを掛けている岡留くん。
 綺麗な先輩からの誘いをニコリともしないで断っているけど、そんな塩対応さえもクールで格好良く見えるから不思議。
 だけどそんな彼の手には、さっき会った杉本さんと同じように、真っ白な包帯が巻かれていた。

(岡留くん、やっぱり怪我してる。私のせいで……)

 胸がギュッと縮みあがって、足がガクガクと震え出す。
 どうしよう、せっかくここまで来たって言うのに、今になって不安が襲ってきて、足が前に進んでくれない。杉本さんにはちゃんと謝れたのに、岡留くん相手だと余計に緊張してしまう。
 すると白塚先輩はそんな私を見て、ポンと肩を叩いてきた。

「どうした、行かないのかい?」
「そ、そうなんですけど、なんて声をかけたらいいか。それに、何だか忙しそうですし。時間を改めた方がいいんじゃ?」
「そんな事を言っていたら、いつまで経っても動けないよ。仕方がない……。岡留くーん、千冬ちゃんが話があるってー!」

 えっ、ちょっと先輩⁉ まだ心の準備ができていませんから!

 先輩の声は教室中に響いて、みんな一斉に、こっちに視線を向ける。
 もちろん岡留くんも振り返ってきたけど、彼は私を見て目が点になった。

「綾瀬、その格好は……」

 うん、やっぱり驚くよね。
 今の私は、いつもの制服姿でも、学校指定のジャージを着ているわけでもない。白装束に身を包んだ、雪女のコスプレをしていたのだから。

 雪女が雪女のコスプレをするというのも、おかしな話だけど。
 更に言うと、服を着替えた事にも大きな意味があるというわけじゃない。それでもこんな格好をしたのは、逃げずに岡留くんと向き合うという意思表示。これが私の勝負服なんだ。
 さっきは足がすくんでしまったけど、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 一方岡留くんは少しの間私を見つめていたけど、やがてハッとしたように我に返った。

「悪い。俺、ちょっと抜けてくる」

 言うや否や、岡留くんは掛けていたエプロンを外して近くにいた男子に渡すと、ずかずかとこっちにやって来る。

 でも仕事中じゃないの? エプロンを渡された男子も戸惑ったみたいで何か言ってるけど、彼は平然と言い返した。

「今までさんざん働いたんだから、十分だろ。ブラック企業並みに働く分、好きな時に休ませてもらうって約束だ」

 男子生徒は納得したのか、それ以上何も言わずに。岡留くんは、こっちに視線を戻してくる。

「……綾瀬、付き合ってくれ」
「え?」

 言うや否や、彼は問答無用で私の手を取って、教室の入り口へと引っ張っていく。
 途端に、歓声とも悲鳴ともとれる声が、あちこちから上がった。

「あの白い髪、一組の綾瀬さんだよねえ。岡留くん、やることが大胆」
「ええー、ショックー。彼女いたんだー」

 えっ⁉ か、彼女って⁉ 違う、違いますから! 岡留くん、早く誤解を解かないと。
 だけど彼はそんな周りの声など気にも止めずに、そのまま私を引っ張っていく。

 だ、ダメだってばー。だいたいここには、白塚先輩だっているんだから。
 本当の彼女の前でこんな風に騒がれて、どうして平気なの? と言うか白塚先輩は、怒っていない?

 だけど見ると予想に反して、先輩はニコニコと笑っていた。

「ここは私に任せて、二人でゆっくり話すと良いよ」

 本当に良いんですか!?
 結局私はそのまま廊下へと引っ張り出されて。慣れない着物で歩きにくかったけど、手を引かれたまま、賑わう校舎の中を進んで行く。

「お、岡留くん。手、放してください」
「ダメだ、その頼みはきけない。昨日待てって言ったのに、無視して帰っちまっただろ。手を放したらまた、いなくなりそうだ」
「こ、今度は逃げません。それに私の手、冷たいですし。また、怪我させちゃうかも……」
「これくらい平気。保冷剤で触り慣れてる」

 岡留くんは頑なで、これはどうやっても放してくれそうにない。
 けど彼の、繋いでいないもう片方の手。包帯が巻かれている右手がどうしても気になっていて、胸が締め付けられる。

「岡留くん、その右手……。ごめんなさい、私のせいで、怪我させて」

 シュンとしながら謝ると、岡留くんは立ち止まり。ようやく手を放して、振り返ってくる。

「これは保健室で大袈裟に包帯を巻かれただけで、大したことないさ。さっきも言っただろう、冷たいのは、保冷剤で触り慣れてるって」
「ほ、保冷剤とはわけが違います。私の手は、保冷剤よりもずっと冷たいんですから。だって、だって私は……」
「……雪女だから、って言いたいのか?」
「っ! ……はい」

 やっぱり、もう全部わかっているよね。
 白塚先輩だって感づいていたんだし、私もそれがわかっているからこそ、こうして雪女の衣装を着てやって来たのだ。けどいざ彼の口からその事を告げられると、やっぱり少し動揺してしまう。

「綾瀬がその事を隠してるって事は、何となく分かった。けどこれは、俺が勝手に触って怪我したんだから、綾瀬だけが悪い訳じゃないだろ。だから頼む、逃げないで話をさせてくれ」

 いきなり深く頭を下げられて。その様子に廊下を歩く生徒達は、何事かと足を止めている。

「わ、分かりましたから! 逃げないですから、頭を上げてください!」

 言われなくったって、私も今さら逃げようとは思わない。
 不安がないと言ったら嘘になってしまうけど、ちゃんと岡留くんと向き合わないと。
 その為に、来たんだから。
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