アオハル・スノーガール

雪女の告白

 手を引かれてやって来たのは、郷土研の部室だった。
 部屋の中は、昨日私が凍らせてしまったはずなのに。拭き掃除をしたのか、いつも通りの姿に戻っている。

「あの、今さらですけど、クラスの喫茶店は放っておいて良かったんですか。仕事中だったんじゃ?」
「問題ない。元々朝から接客に調理と、ぶっ通しで働いてたんだ。途中一時間だけ休みを貰ったけど、その時はコスプレ撮影会の手伝いに行っていたし。たぶん今日、学校中で一番忙しかったのは、俺だろうな」
「そんなブラック企業顔負けのシフトだったんですか!?」

 確かに岡留くんは料理もできるし、接客もできるって事にみんな気づいてくれたんだろうけど。いくらなんでもそれはやり過ぎ。倒れちゃうよ!

「いいんだよ、俺が望んでそうしてたんだから。その代わり、一つ条件を出したんだ。どんなに急がしかろうと、俺が希望した時に一時間だけ、自由に休ませてもらうって」

 そんな条件を。そういえばさっき、そんな話をしていたような。
 もっとも、そうだとしても十分、働きすぎな気もするけど。

「だけど、どうしてわざわざそんな事を?」
「決まってるだろ、綾瀬がいつ来てもいいようにだよ。部長が、絶対に連れてくるって言ってくれたから。……ずっと、綾瀬を待ってた」

 吸い込まれるような瞳で見つめられながら発せられたその言葉に、雷で撃たれたような衝撃が走る。
 経緯はどうあれ、好きな男の子からずっと待ってたなんて言われたら、動揺するなっていう方が無理だもん。

「わざとじゃないけど、綾瀬が隠そうとしていた事を知っちまったから。その事で、ちゃんと話をしたかった。綾瀬も、同じなんじゃないのか?」

 核心をつかれて、思わずドキリとする。
 彼の言う通り、その話をしたくてこうして会いに来たわけだけど、いざ話すとなると中々声が出てこない。 
 だけど、いつまでもこうしてはいられない。怖いけど、意を決して口を開いた。

「岡留くんは、ネットであった私の噂、信じていますか?」

 小さく問いかけた私に、彼はピクリと反応して。そして静かに返してくる。

「素行が悪かったとか、暴力を振るってたとかいう、あのふざけた噂の事か。それなら、全然信じちゃいねーよ。……綾瀬が雪女だって言うの以外は」

 やっぱりもう、完全にバレてしまっている。
 私は気持ちを落ち着かせるため、ふうっと息をついた後、まっすぐに彼と目を合わせた。

「そうですね、雪女だというのは本当です。だけど、それだけじゃないんです。暴力と言えるかどうかは分かりませんけど、生徒に怪我をさせたのは本当なんです。昨日岡留くんや、杉本さんにそうしたように」

 歯を食いしばり、着物の裾をぎゅっと握りながら告げる。
 緊張と不安で気絶しそうだったけど、岡留くんは静かに、「そうか」とだけ答えた。

「……驚かないんですか?」
「やったのが昨日みたいな事だったら、事故のみたいなものだろ。昨日のアレは、わざとやっていた風には見えなかったし。雪が舞ってたけど、自分じゃ操れないんだよな?」
「……まるっきりコントロールできないわけではないのですけどね。見ててください」

 スッと手を伸ばして、手の平を上にすると、そこに妖力を込める。
 暴走を抑える以外で、自らの意思で妖気を操るのなんて久しぶり。手の中に小さく粉雪が舞い始め、それが渦を作って見せると、岡留くんが目を丸くした。

「……すげえな」
「それほどでもないですよ。……あと、こんな事もできます」

 さらに力を入れると、渦巻いていた雪が固まっていき、二つつの小さな塊になる。
 一つは野球ボールくらいの大きさの丸い球体で、その上にもう一つ、一回り小さな球体もある。二つが重なって、小さな雪だるまの完成だ。
 そして手から離れて、床に落ちたそれは雪でできているにも関わらず、ピョンピョンと可愛く跳びはねる。

「動いた!? これって、手品じゃないんだよな。生きてるのか、これ?」
「いいえ、操っているだけです。あまり知られていませんけど、雪女はこんな風に雪で形を作って、動かす事もできるんですよ。力を抜いたら、すぐになくなりますけど」

 そう言ってそっと手を払うと、さっきまで動いていた雪だるまはまるで幻だったように、粉となってふうっと消えていく。
 岡留くんは、まるで狐につままれたみたいにポカンとしていたけど、本題はここからだ。

「こんな風に私は雪を操ったり、物を凍らせたりする事ができる、そんな妖です。けど実は、そんなに優秀じゃないんですよ。冷気をコントロールするのが下手で、すぐに暴走させてしまいます」
「やっぱり、そうなのか? でも冷気のコントロールってのはよくわからないけど、今は上手に操っていたよな?」
「落ち着いていたら、今みたいにできるんですよ。だけど嫌な事があったり、悲しい気持ちになって精神が不安定になると、私の意思に関わらず色んな物を凍らせてしまうんです。その結果、岡留くんを傷つけてしまいました」

 一言発するごとに、辛い気持ちが込み上げてくる。すると岡留くんは何かを察したみたいに、表情を変えた。

「俺は別に気にしていない。綾瀬が気に病む必要はねーよ」
「けど、危ないって分かっていたのに、黙っていました。こんなの、騙していたも同然です」

 ……ずっと、後ろめたさがあった。
 岡留くんも白塚先輩も、里紅ちゃんや楓花ちゃんも、みんな優しい人達なのに。大事な事を隠しているのが心苦しくて。
 本当のことを知られて、嫌われたらどうしようと思うと、怖くて黙っていたのだけど。その結果がこの有り様だ。

「今はこの通り、コントロールできています。だけどいつかまた抑えがきかなくなって、傷つけてしまうかもしれません。そんな人が……ううん、危険な妖が近くにいて、岡留くんは平気ですか?」

 静かに平然を装って尋ねてみたけど、内心凄く不安だった。今までひた隠しにしていた秘密を告げるんだもの、怖いに決まっている。
 白塚先輩は受け入れてくれたけど、岡留くんは? そう思うとどうしても怖くなってビクビクしていたけど、彼は困ったように頭を掻いた。

「事情はだいたいわかったよ。けどそれってさあ、誰にでもある事なんじゃないか?」
「え?」
「俺だって嫌な事があったらキレたり、カッとなって、誰かを殴ったりするかもしれない。それと何も変わらねーよ。そんなんでいちいち怖がってたら、きりがないさ。見てな」

 すると彼は何を思ったのか。急に怪我をしていない左手を伸ばしてきて、私の手を握ってきた。
 えっ、ええーっ!?

「悪い、少しだけ我慢してくれ」

 慌てる私をよそに、岡留くんは握る手に力を込めてくる。その手は、とても暖かい。

「ほら見ろ、触れたって平気だ。ちゃんと抑えられてる。嫌な気持ちになったら暴走するって言うなら、そうならないよう俺も協力するから、一人で抱え込むな。頼りないかもしれないけど、これでも友達のつもりなんだから、少しは頼ってくれよ」

 切なそうな、だけど熱を持った目で懇願されて。胸の奥が再び、ガタガタと揺れる。
 しかもこれで終わりかと思いきや、彼の行動はさらに大胆になり。今度は空いていた包帯の巻いてある右手を伸ばして、頬に触れてきた。

「お、岡留くん……」
「……冷たくて気持ちいい。頼むから、逃げないでくれ。綾瀬はどうかわからないけど、俺は綾瀬と離れたくないんだ」
「そ、それは私が雪女だから? 念願の妖が現れたから、逃がしたくないって事ですか!?」
「そうじゃない、そうじゃないんだ。いいか、俺は昔……」

 岡留くんが何か言おうとするも、頭の中はグルグルで心臓はバクバクで。とてもまともに聞いていられそうにない。
 顔は吐息がかかるほど近くにあって、吸い込まれてしまいそうなくらい、じっと目を見つめられる。

 握られた手から、触れられている頬から伝わってくる熱が全身を沸騰させるみたいで、今にも溶けてしまいそう。
 だけど、それを嫌とは思えない自分がいて、むしろ心地良さまで感じる。
 このまま、時が止まっても構わない。そう思ってしまうほどに……。

 ――ガチャ。

 まるで夢の中にいるような心地だったけど、不意に背後からドアが開く音がして、一気に現実に引き戻される。
 誰かが入ってきた? だけど振り返ってその人の姿を見て、全身を駆け巡っていた熱が一気に冷めた。

「し、白塚先輩!?」

 そこにいたのは白塚先輩。岡留くんの彼女である、白塚先輩だった。

「おやおや、そろそろ話は終わったかと思って来てみたら。これはどういう状況かな?」

 腕を組んで、笑っているでも怒っているでもない真顔で、私達を見つめている。
 手を握られて、頬を触られて、キスができそうなくらい急接近していた、私達を。
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