前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
「殿下。立ち聞きとはお人が悪いですよ!」
「聞こえてきたんだ。誰かさんの声がでかいせいでな」
「おかしいな……。ルティア嬢の声は小鳥が囁くように可憐で控え目なはずなのに……」
「おまえだ、阿呆」

 失敬な! とクルトはどんぐり眼をキッと吊り上げた。

「失敬な! 私は殿下のお耳に届くよう、いつもはきはきと述べているだけです。それに私の声の大きさを指摘なさるならば、殿下も大きいです。いえ、殿下が大きいので私や他の者もつられて大きくなったのです!」
「わかった、わかった。それ以上耳元で話すな。今日の分の仕事は終わったのだから、さっさと行け」
「まだ終わっていませんよ! ルティア嬢が帰宅しましたら、またお持ちしますので! あ、かといってルティア嬢は気にしなくていいですよ。どうぞ時間の許す限り、殿下の我儘に付き合ってあげてください」

 後で使用人にお茶を持ってこさせます、と言うと、やっとクルトはその場を立ち去っていった。やれやれというようにテオバルトは額に手を当て、ため息をついた。

「一言えば、十返ってくるやつだな」
「ふふ。声の大きさだけでなく、話し方も似たのかもしれませんね」

 ルティアが笑みを零しながらそう言えば、テオバルトはそうか? とどこか納得いかない様子で部屋の中へ招き入れた。

 テオバルトの執務室は余計なものを一切おいていないようで、意外と外国で手に入れたという雑貨や絵画が飾られていた。書類もあちこちに積み重ねられており、クルトが「整理整頓してください!」と小言を述べていたことを思い出す。

「殿下は若い頃から外国へ遊学なさったのですよね」
「今が若くないみたいな言い方だな。俺はまだ二十三だぞ」
「意外とそういうところはこだわるんですね。では幼い頃、行かれたんですよね」
「ああ。ちょうど十歳の頃だったかな……。母上にはまだ早いと止められたが、昔は他国で学ばせることは普通だったから、俺もいいだろうと説得した」
「でも、やっぱり気軽にできることではないと思いますわ。何か目的があったんですよね?」

 テオバルトは不思議そうな顔をした。

「今日はやけに熱心に尋ねてくるな。どうかしたのか?」
「そういうわけではないのですが……以前、探しているものがあるとおっしゃったでしょう?」

 何かは教えてくれなかった。またルティアも深く追究できるほど、テオバルトとの関係を築けていなかった。

 でも今なら教えてくれるかもしれない。教えてほしい、と思った。

「あなたがそう言ってくれるのは嬉しいな。少しは俺に興味を抱いてくれたと思ってもいいのか?」
「……以前から思っていましたが、やはり殿下は修道院へ行く気はありませんよね?」
「さて。探し物についてだが――」

 話を逸らされた。やはりわざと修道士になると脅して、ルティアに会いに来させたのだ。策士である。腹黒い、というのも案外当たっている気がした。

(でもそんなにひどい、って思わないのよね……)

 これがリーヴェスだったら違う。きっと嫌な気分になって、かなり腹が立っただろう。だがテオバルト相手には呆れはしても、怒りは不思議と湧いてこなかった。

 我ながらずいぶんと扱いに差がある。

「ルティア? 怒ったか?」

 黙り込んだルティアに、機嫌を窺うようにテオバルトが見つめてくる。その顔もずるい。

「……今はその件は置いておきます」
「何か含みがあるな……。まぁ、いいか。探し物は、以前も言っていたが、きちんと見つかった」
「その探し物とは、一体何なのですか」
「あなただ」

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