前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
「――別れは済んだのか」

 病室のすぐ外、壁際に背を預けてテオバルトが声をかけてきた。

「はい。……殿下、少しお時間いただけますか」

 テオバルトはもちろんだと頷き、施設の中庭へと移動した。一人分の距離を開けてベンチに腰掛け、ルティアは単刀直入に尋ねる。

「あなたには、前世の記憶がありますか」

 テオバルトの横顔をじっと見つめる。視線に気づいた彼はこちらをゆっくりと振り向き、微笑んだ。

「女王陛下に身分不相応にも愛を告げた男の記憶なら、あるよ」

 ルティアは身体を小さく震わせ、安堵したような、腹が立ったような、上手く表現できない感情で胸が熱くなった。

「どうして……今まで言ってくれなかったんですか」
「あなたは何も聞かなかっただろう」
「それは……」

 だがルティアは簡単には納得できなかった。

「でも……記憶があるのなら、わたしが悩んでいたことにも、気づいていたはずです」

 それなのに何も言ってくれないなんて……今までの悩んだ気持ちから、どうしてもルティアはテオバルトを恨みがましい目で見てしまう。そんなルティアにテオバルトは優しく目を細める。駄々をこねた子どもの癇癪を受け止めるような眼差しだった。

「ルティア。あなたが怒る気持ちもわかる。だが俺も……怖かったんだ」
「怖かった?」
「だってそうだろう。俺はあなたを殺したんだぞ」
「でもあれはわたしの狂気を止めるために……」
「だとしても、愛している女を殺した」

 テオバルトはルティアの小さな両手をとると、力を込めないよう軽く握ってくる。

「それだけじゃない。あなたの命を奪い、俺の命もあなたの手にかけさせた」

 苦痛に満ちた表情にルティアはとっさに手を強く握り返していた。

「それは違います。あなたは自分の命を差し出して、わたしの罪を共に背負おうとしてくれたんです」

 狂った女王を一人殺しても、きっと誰も咎めなかった。むしろよくやってくれたと国の英雄に押し上げられただろう。

 もしあのまま生きていても、ルティアは自分の犯した罪に耐え切れなかった。あるいは戦争の責任者として、他国へ連行され、処刑されただろう。

 テオバルトがあの場でルティアの罪を裁き、地獄へ連れ去ってくれたのが、結局一番の幸福な結末だったのだ。

「わたしはあなたを恨んでいません」
「だが……」
「恐怖を抱いていたら、もっと早い段階であなたから避けていました」

 そうだ。リーヴェスに対しては初対面の時から嫌悪感があったのに、テオバルトには全くなかった。むしろ会うことができて嬉しさを覚える自分がいた。前世から本当は惹かれていたのだと、今なら言える。

「……わたしに記憶がないと思っていたから、今まで聞き出せなかったんですか?」
「あなたに記憶があることは、なんとなく察せられた。だがそれがどこまでのものか確信が持てなかった。……子を失ってからのあなたは、自身のことをよくわかっていなかったから」

 裏切りで心が壊れ、アリーセは狂気の中彷徨っていた。その時の曖昧な記憶と、正常だった頃の記憶が混ざり合っているものを、生まれ変わったルティアは覚えていたのだ。

「俺が何か告げることで、あなたが辛い過去を思い出すのが怖かった。また、俺があなたを殺した事実も、どう受け止められるか……結局何も言わずにいた方が、正しいのではないかと、何が最善かわからなかった」

 テオバルトにしては珍しい表情で語られた。

(わたしが迷っていたように、殿下も迷われていたのね……)

「それに――」
「それに?」

 テオバルトは手元から視線を上げ、ルティアに微笑む。

「カイではなく、今の俺を、あなたに好きになってもらいたかったから」

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