【書籍化決定】転生もふもふ令嬢のまったり領地改革記 ークールなお義兄様とあまあまスローライフを楽しんでいますー

16.キツネの悪知恵

「先生だなんてっ……。……僕なんかダメです。貴族に賄賂をおくった能なしです……」
「それはえん罪ですよね?」

 私が言うと、テオはサッと顔を青ざめさせた。

「な、なぜ、それを……? どうして……?」
「そうなのですか?」

 修道院長に尋ねられ、テオはさらに深くうつむいた。

「いえ、ち、違います! 僕が、ひとりで勝手にしました!」
「運河建設が難航し、結果中止案が浮かんだとき、貴族に贈賄をおこなった。しかし、収賄が明るみに出て、責任を誰かが取る必要があった。だから、身分が低く年若いあなたが代わりに罪を被ったのですよね?」
「ち、ち、ちがいますっ!」

 私が問うと、テオはブンブンと両手を振って否定した。

 修道院長とリアムは私を怪訝な顔で見た。

 しまった、八歳児らしくないかもしれない。ええい、ここまで来たらお告げ風で乗り切るしかない!

 私は狐の耳をピクピクと動かして見せる。
 女優モードになり、厳かな雰囲気で話す。

「おかしいですね? 考えたのも実行したのも別の人だと、ライネケ様は告げられたのに……」

 嘘である。これは私の前世の記憶だ。

「ライネケ様が嘘をおっしゃるというのですか?」

 修道院長がテオを睨む。

 テオは体を小さくし、震えた。恐る恐る顔を上げ、初めて私と目が合った。すると、彼は驚いたように目を見開き、慌てて目を逸らした。

「キツネの……耳と尻尾……」
「私はライネケ様の使いです」

 私はドヤ顔で胸を張った。名前を呼んだからか、半透明のライネケ様がフンスフンスと私の匂いを嗅ぐ。
 私は気まずい思いでドキドキとしながら、素知らぬふりをした。

 するとテオは床に膝をつき、土下座する。

「お許しください……、お許しください……、王国を欺くつもりはなかったのです。ただ、あの方が罰を受けると、今まで積み上げてきた研究結果や技術が無になってしまうから……」

「たしかに、国の東西を挟む海を繋げようとするアイデアは素晴らしかった。でも、実現は難しかったようだね。完成の目処も見えず、工事中の事故も多発。予算は大幅に超え……。支援者たちからも中止の声があがっていた」

 リアムが言う。

「でも、あと少し、もう少し、時間とお金があったら、絶対に成功させました……! 途中で終わらせるべきではなかった……」

 テオが切なそうに呟く。

「だから、賄賂を贈ってまで工事を続行しようとした」

 リアムの呟きに、テオが俯き唇を噛む。
 テオはその贈収賄の犯人の代わりに、自ら捕まったのだ。
 
 前世でテオのえん罪が明らかになったのは、前建築ギルド長が亡くなり懺悔の手紙が見つかったからだった。
 そうして、テオは山流しにあってから十五年後、宮廷建築士として返り咲き、ガーランド王国の国家事業として大運河を建築するのだ。

 私は、テオの前に膝をつき手を取った。

「建築ギルドの未来のために自らを犠牲にするなんて! テオ先生はなんて崇高な方なのでしょう。だからこそ、ライネケ様は『テオの研究がルナールに来たことで中断せぬよう力を貸せ』とおっしゃったのでしょう!」

 本当はライネケ様のお告げじゃないけど、そう言えばみんな信じるわよね?

 私はドキドキしながらも、心の声はおくびに出さず言った。

<おまえのそういうあくどいところは嫌いじゃないぞ>

 ライネケ様は含み笑いで言った。

 あたりを見回すが、私以外には聞こえていないらしい。
 言い訳をしようとライネケ様へ振り返る。すると、ライネケ様は半透明の手で、私の頭を撫でた。
 フワリと前髪が揺れる。

<良い良い。領地のためにつく嘘なら、なにを言ってもかまわない。ただし、私欲に走った場合は、わかっているな?>

 ライネケ様は含みを持った低い声で私に釘を刺した。
 私はゴクリと唾を呑み、無言で頷いた。
 
 テオは感無量といった様子で私を見た。

「ライネケ様が……そんな尊い言葉を……」
「はい。誰かを裏切り罪を暴けというのではありません。真実はいつか明らかになるでしょう。そのときまで、ここで研究を続けませんか?」

 私が言うと、テオは周囲を見回した。
 修道院長は難しい顔をして、リアムを見た。
 リアムは不機嫌そうに私を見る。

「本来なら裁判をやり直しーー」
「っ! 困ります! 止めてください、お願いします!」

 リアムの正論に、テオは泣き声で頭を下げる。

 私はリアムに駆け寄って、その手を取った。
 そして、小首をかしげ上目遣いで尋ねる。

「お兄様、ダメ? テオ先生は真実が明らかになることを望んでいないみたいだけど……」
「でも、彼の汚名を雪ぐべきだ」
「いいんです! 僕は、いいから! 僕のことは、本当に! このことがバレたなら、僕は死んでお詫びしないと!」

 テオは必死だ。

「お兄様、今、裁判をやり直しても、テオ先生は自分がやったと言い張るでしょう」

 私が言うと、リアムはため息をついてテオを見た。
 テオはブルブルと震えている。

「しかたがないな……」
「だから、違う形でテオ先生の汚名を返上したらどうでしょう? テオ先生の知識を借りて、ルナール川の治水をおこなうんです。それが成功すれば、テオ先生の実力も認められます。それに、領地ももっと豊かになると思うんです。そして、大運河の実験として、ルナールに運河を作れたら研究にもなって、素敵ですよね」
「ルナールに運河か! そうすれば、大きな荷物が運べるようになる」

 リアムはそう言うと私をギュッと抱きしめた。

「ルネは本当に賢いね」

 リアムは私のキツネ耳に頬を寄せる。
 私は嬉しくて、尻尾がブンブン振れてしまう。

「テオ・ランバート、お前に協力してほしい」

 リアムが私を抱いたまま、テオに言った。

「っ! はいっ!!」 

 テオは潤んだ目で顔を上げ、嬉しそうに頷いた。

 そうして、リアムはルナール侯爵に許可を得た。侯爵はそのアイデアに深く感心し、優先的に予算を回すことにしてくれた。

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