ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
「おねえさん、ひとり? 待ち合わせ?」

 ――ナンパ、か。めんどくさいな。

「そうです、待ち合わせです」
「カレシ?」
「そうです」

 立ち去った男と入れ違いに葉梨が来た。
 葉梨は私に気づいていたが、話しかけている男を観察していて私に近寄らなかった。
 早く符牒を決めなければ。私はそう思った。

「加藤さん、こんばんは」

 相澤と彼女はもう去ったと言い、二人の予定を聞くと私たちとは反対方向へ向かうと言っていたと。
 葉梨は私が隠れた事から、二人の行き先を聞いた方が良いと判断したそうだ。

「ありがとう。さすがに同期でも私は女だし、彼女にしてみたら気分は良くないからね」

 並んで歩く葉梨を見上げると、やはり痩せたようだった。体格は良いから、痩せたところで変わり映えしないが、頬がコケて肌に艶が無い。

「あの、今の男性って……」
「ん? ああ、ナンパだよ」

 この会話は前もしたな、その時の葉梨はスーツを着ていたなと思い出していると、葉梨から思いがけない言葉が落ちてきた。

「加藤さんは美人ですからね。男なら声を掛けようと思いますよ」

 そう言って微笑む葉梨は私の目を見た。
 どうしたのだろうか。機嫌が良いのだろうか。リップサービス……そうだ、社交辞令だ。私は葉梨の先輩だ。今までは緊張していたから言えなかっただけで、慣れてきたから社交辞令を言えるようになったのだろう。

「ふふっ、ありがとう。でも……」

 私は早く符牒を決めようと言った。ナンパは面倒だし、今日も葉梨にすぐに来て欲しかったと言うと、葉梨は目線を外した。

「ん? なに?」
「ああ、いえ、何でもないです、決めましょう」

 ああ、そうか。私は葉梨を守ると言ったのに、助けて欲しいだなんて言ってはいけないんだ。恥ずかしい。情けない。私は葉梨に謝らなければ。
 私は葉梨を見上げて言った。

「あの、葉梨」
「はい!」
「ごめんね、私は葉梨を守るって、命をあげるって言ったのに助けて欲しいだなんて言って」

 葉梨は少し眉根を寄せて、私を真っ直ぐ見た。

「あー、ははっ、大丈夫です。決めましょう、すぐに」

< 124 / 257 >

この作品をシェア

pagetop