ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 少し体を傾けて葉梨を見ると、葉梨は既にこちらへ体を向けていた。

「加藤さん」
「ん?」
「恋人がいらっしゃらないなら――」

 葉梨は真っ直ぐ私を見ている。私には葉梨しか見えない。
 キャンドルの灯影は葉梨の瞳を照らし、まるで瞳の奥に炎を湛えているような、これまで見た事のない目で私は見つめられている。

「――俺の誕生日も一緒に過ごしてくれますか?」

 ――うん、予定が合うならお誕生日会をって……違う……。

 これは仕事の話じゃない。
 私は口説かれているんだ。
 私は葉梨に口説かれているんだ。
 誕生日プレゼントは父からだと嘘をついていないか見られたのか。
 付き合っている男はいないと二度確認したのはこの為だったのか。
 どうして。
 どうして今日、そんな事を言うんだ。
 後輩に慕われていると私は自分に自信がついたのに。
 葉梨のおかげで先輩方に認められたと思えたのに。
 どうして。どうして。

「葉梨……」
「あの、すみません、本当にすみません……俺みたいな奴が加藤さんに――」
「いい」
「お皿をお下げいたします。お飲み物のご注文もございましたらお伺いいたしますが」

 ウエイターが背後にいた。
 良かった。このままでは手が出そうだった。ウエイター、ナイス。さすが高級ホテルだ。

 葉梨は窓際に置いてあったおしぼりを手に取り、手を拭いて横に置いた。
 私がマティーニを注文すると葉梨は私を二度見して、小さな声でモスコミュールを頼んだ。
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