ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 五月二十四日 午前十一時二十七分

 目覚めた私はワンルームマンションにいた。
 遮光カーテンを締め切って暗い部屋はエアコンの動作音だけが聞こえる。

 昨日の午前中、須藤さんと松永さんの言い合いを止めようとした私は、須藤さんにスリーパーホールドで落とされて声が出なくなった。

 仕事に影響は出ていないが、須藤さんは私を左腕で抱えたまま、立ち上がった松永さんにリバーブローをかましたそうだ。
 左腕に余計な力が入ったのか、私は目覚めるまで時間がかかった上に声が全く出なくなった。

 ――誰かいるな。

 まだ中山さんは寝ているようだ。隣にいない。ならば松永さんか。
 体重は七百グラム超過だったから、体力はいつもより戻りが早い。お腹すいた。
 水と食事をお願いしようと起き上がると、誰かが動いた。

「加藤さん、お目覚めですか」

 葉梨だった。
 黒のジャージー姿の葉梨は膝立ちでベッドサイドにいた。

 お水、飲みたい――。

 声にならなかった。
 私の掠れた声に顔を傾げた葉梨は顔を近づけたが、私は驚いて身を引いてしまった。
 それを見た葉梨は「すみません」と小さな声で言った。

 私は身振りでペットボトルのキャップを開けて飲む動作で水が飲みたいと伝えると、葉梨は笑顔になって部屋を出て水を取りに行ってくれた。

 ――なんで私……。

 松永さんや中山さんが顔を近づけようと何しようと動じないのに、葉梨にはドキリとしてしまった。慣れているはずなのに。

 私と反対側の壁際には中山さんが寝ている。
 中山さんをちらりと見た葉梨は足音を忍ばせて私のベッドサイドに来た。

 水のペットボトルを渡され、開けようとしたが力が入らず、それに気付いた葉梨は手を差し出した。
 開けてくれるのだろう。
 ペットボトルを渡してキャップを開けてもらった。

 葉梨は声の出ない私を心配している。
 何が起きたのか知りたいようだが、任務中に何かが起きたと思科している葉梨に、真実など言えるはずもない。
 だが、なぜここに葉梨がいるのか。

 理由はいいか。
 心配そうに私の顔を見る葉梨へ私は微笑んだ。

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