ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 葉梨は薔薇の意味も、誕生日の事も、あれから何も言わない。
 気にしているのは私だけだ。

「加藤さん、今日は伊都子(いつこ)さんが楽しみにしていたんですよ」
「え、なんで?」

 伊都子さんは葉梨の実家のお手伝いさんだ。
 葉梨を将由(まさよし)()っちゃまと呼ぶ、あのお手伝いさん。

「お弁当作りです。麻衣子が高校を卒業して以来ですから、張り切ってます」
「んふふ、そうなんだ」

 私は腕時計で時間を見た。そろそろ伊都子さんがお弁当を持って公園に来る頃だ。

「加藤さんは海老がお好きだと伊都子さんに伝えました。海老のメニューがたくさんあるそうです」
「海老……ふふふっ、ありがとう。嬉しい」
「大正海老です」

 なんという事だ。
 庶民のバナメイエビでもブラックタイガーでもなく、大正海老だと葉梨は言った。
 将由坊っちゃまが食べるのだ。まあ、当然だろう。

「あと、ミートボールです」
「えっ!?」

 伊都子さんのミートボール。
 それは葉梨のお宅で夕飯をご馳走になった時、もっっっのすごく美味しくて私はひたすら食べていたあのミートボールか。おかわりも頂いた。

「いっぱい作ったそうです」

 葉梨は言う。
 伊都子さんはエビ天、エビとブロッコリーのタルタルサラダ、ガーリックシュリンプ、塩焼き、フリットを作っていた、と。ミートボールをひたすら捏ねていた、と。

 運動公園(パラダイス)で、海老(パラダイス)ミートボール(パラダイス)。この世の楽園(パラダイス)じゃないか。

「楽しみ」
「んふっ、喜んで頂けて何よりです」

 運動公園の正門に向かうコーナーに差し掛かった時、伊都子さんの姿が見えた。風呂敷に包まれた大きなものを抱えている。

 私たちは伊都子さんに手を振った。
 伊都子さんは笑顔で応える。

「葉梨、もしかして、お重?」
「そうですね。料理が多いですし」

 適当な弁当箱や保存容器ではないのか。
 まあ、将由坊っちゃまが食べるのだ。伊都子さんは将由坊っちゃまの為に張り切ったのだ。私はおまけだ。

 そんな事を思いながら、走り続けた。


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