ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 いつもそうだ。この話になるとお互いに無言になってしまう。私の答えが今日こそは違いますようにと願っているような、玲緒奈さんの表情に胸が痛む。

「あの、敦志さんと結婚して良かったと思っていますか?」

 私の質問に玲緒奈さんは少し、目線を外した。だが頬が緩んだ気がする。
 もう一度目線を合わせた玲緒奈さんは言った。

「敦志はね、私以外の女に男を見せない」
「ん?」
「女を勘違いさせない為に、男を見せない」

 どういう意味だろうか。
 玲緒奈さんの表情は優しい。
 小さく息を吐くと、玲緒奈さんは話してくれた。

「あのさ、敦志に女の影があると、私を不安にさせるでしょう? だからそうならないように、関わる全ての女性に、敦志は異性性を感じさせないように対応してる」

 ああ、そう言う事か。
 言動、行動全てに気を遣って事前に色恋沙汰を回避しているのか。そしてそれは、玲緒奈さんの為でもある、と。

「奈緒ちゃん、一人の女だけを夢中にさせる男はいい男なんだよ」
「……はい」
「だから敦志はいい男。ふふっ、いい男が夫だもん、結婚して良かったと思うよ」
「えっ……」

 ――これは惚気だ。完全に、惚気だ。

 玲緒奈さんが私と葉梨の前で『むーちゃん』と言ってしまった時は若干殺気立っていたが、今はどうだ。後輩に少し恥ずかしそうに惚気ている。
 だが、初めて見た惚気ける玲緒奈さんを可愛いなと思った。

 一人の女だけを夢中にさせる男はいい男、か。
 むーちゃんは反社とインテリヤクザの間くらいの顔をしている。二年前、公務中の怪我で顔に傷を負って少しだけ皮膚が引き攣れていて、とっても怖い顔になってしまったが、後輩に優しいむーちゃんである事は変わらない。この前は見捨てられたが、むーちゃんは優しい先輩だ。この前は見捨てられたが。

「えっと、ごちそうさまです!」
「んふっ。お菓子食べな」
「はいっ!」

 私は鈴カステラを一つ、手に取った。

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