ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 五月三十日に葉梨と行ったスペインバルについては岡島経由で松永さんへ伝えられていた。丸一ヶ月経過した今日、松永さんと私はそのスペインバルに来ている。

 店内に入ると、松永さんと私は店長に案内されて例の個室へ入った。
 今の店長はあの時の店長ではないし、入口付近から個室へ向かう壁一面に貼られた写真が少し、変わっていた。一枚ずつ番号が振られていた写真はそのままだが、番号が変わっていた。

 私は待ち合わせ場所から店内に入っても松永さんの腕にしがみついたままだが、松永さんはなんとなく嫌そうにしている。なぜだろうか。

 個室は少しだけレイアウトが変わっていた。見る限りではカメラは見当たらない。
 松永さんは私を入口に近いソファに座らせ、松永さんは私と正対する席に座って室内を見回し、眉根を寄せて「加藤、もう少し、後に」と言った。
 松永さんはいつもより目付きが鋭く、有無を言わさない声だった。
 腰を浮かしてソファに深く座ると、松永さんはハンドサインを送ってきた。

 ――この位置で良い、と。

 そこへこの店のオーナーが入って来た。
 スーツを着る四十代前半の痩せた男だ。
 松永さんと正対する私を一瞥すると、松永さんは横にずれ、オーナーは松永さんがいた所に座った。

「お前がこういう女連れてんの珍しいな」

 そう言って松永さんの顔を見て、「ザイルザイル、偽ザイル」と笑うオーナーの吉崎さんは元同業だ。
 現職だった頃の吉崎さんを私は知らない。
 私は彼と面識があり、挨拶せねばと立ち上がろうとした時、松永さんはそれを止めるようサインを送ってきた。

 ――吉崎さんは私だと気づいてない。

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