アビス

001




増えるサイレンの音と

夜を禍々しく照らす赤の回転灯。








そして飛び交う怒号や、悲鳴。



ぐにゃりと曲がり
原型を留めていない自転車。


横断歩道に飛び散った
赤黒い血しぶき。



青信号の横断歩道で

自転車を押しながら歩いていた
高校3年の姉が


僕の目の前で、車に轢かれた。


辺りに飛び散る
割れたフロントガラスや
車の破片。






運転していた男の
信号無視だった。



僕は目の前で見た出来事を
頭で理解するのが追いつかなかった。


現場を見ていた数人が
叫んだおかげでやっと状況を把握できた。


数メートル先で横たわる姉さんに
恐る恐る駆け寄った。


姉さんは横向きに倒れて

見た事ない量の血が流れ
血溜まりが出来ていた。

姉の身体がゴム玉のように
弾き飛んだ映像が再び頭に流れて


胃の中の物が込み上げて来て

僕は、道路脇に吐いてしまった。



さっきまで楽しそうに
夕飯なんだろ〜って話していた姉さん。


それを思い出すと
やっと感情が現実的になり、

怒りと涙が込み上げて来た。



目撃者が通報して警察を呼び

救急車も呼んでくれた。



運転していた男は車から降りて

先に到着した警察数人に囲まれていた。


泣きながら慌てて誰かに
電話している様子だった。


『ごめん…俺…ごめん…』



僕はそいつを殴ってやろうと
泣きながら近づいたが

他の警察に身体を抑えられ
止められた。



それから微かに息をしていたのか
姉さんが救急車に乗せられて

僕も救急車に乗り込んで

泣きながら親に電話をした。




病院に到着すると、

姉はそのまま手術室へと運ばれた。



神様…頼むよ…

これからは真面目に勉強するから

姉さんを助けてくれよ…


柄にもなく、泣きながら神頼みしていると

慌てた様子で両親が病院に到着した。


僕は更に声を出して泣くと、

父さんが、

『お前は怪我してないか?!
大丈夫なのか!?』と僕の心配をし

僕が泣きながら頷くと母さんが

抱きしめてくれた。


『大丈夫だ…助かる。
あいつは強い奴だから大丈夫だ』


そう言って励ます父さんの声は

震えていた。


僕を抱きしめる母さんの身体も

震えていた。




それからはバタバタと
大人たちの慌ただしくて、

脳が記憶を否定したかったのか

あまり詳細は、覚えていない。







どれくらい経っただろう。




医師の先生が手術室から出て来て


僕は立ち上がり、両親が駆け寄ると


先生は、悲しい表情で

残念そうに首を横に振った。




その途端に、母さんが泣き叫んだ。




後から刑事が到着して

父さんが刑事に、

『そいつの所に連れて行け!!
殺してやる!!!』

と、堂々と殺害予告を口走るも


気持ちを察してくれてか、

刑事が父を優しくなだめていた。






犯人の男は、










飲酒運転での信号無視だった。










それからの父さんは
警察や病院、弁護士などと話したり
他にも姉の葬儀などの手続きで慌ただしく

母さんは、

冷たくなって帰ってきた姉さんに


ずっと話しかけていた。






それから連日、事故のニュースが

全国的に流れた。



憎らしい、犯人の名前。

乗っていた車。


そして姉さんが使っていた
原型がない

ぐちゃぐちゃになった
自転車の映像。



僕は精神的なショックで
学校を休んでいた為、

色んな同級生や友達、知り合いから
心配の連絡が来た。


学校では、事故の翌日に

全校集会が開かれ、そこで事故で
亡くなったと生徒達は伝えられたらしい。








それから数年がたったが

家の中の時間は
止まったままだった。


母さんは、躁鬱状態になり

体格が良かった父も
すっかり痩せてしまった。



けど父が家庭を壊さない為にと
頑張ってくれているのは


僕も母さんもわかっていた。





事故後の犯人の裁判で

判決が決まった。



執行猶予なしの実刑判決。

懲役5年だった。






姉さんのこれからの人生と未来を
奪ったくせに5年…?


5年で許されるのかよ…。


判決を聞いた当時の僕は、


姉さんを殺した犯人はもちろん

犯人側の身内、姉さんを救えなかった医者、

たった5年という罰を
言い渡した裁判長。


ク◯みたいな大人達を、全員恨んだ。










僕はあれからどうにか
高校を卒業して


今は、もう

社会人になっていた。





to be continued.....





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