音が好き
わぁっーーーっ!

パチパチパチパチーーっ



さっきまでとはレベルの違う、観客の熱狂。

まるで好きな映画を観た後のような。

好きなスポーツを観戦した後のような。

そんな熱さが、ここまで伝わってくる。




みんな、あかねちゃんの罠にハマってしまった。

操られてしまった。

観客を引き込む、俳優のようなピアニストは、

深く礼をし、ステージを降りた。

ーー






ぎゅっーー、ぎゅぎゅっ

ドレスを力一杯握って、溢れ出る手汗を必死に拭う。


ドク、ドク、ドク……、

自分心臓の音が聞こえる。

それに伴って、身体もどんどん熱くなっていく。



「緊張」「焦り」「不安」「恐れ」「羞恥」ーー

様々な感情が一気に押し寄せてくる。


さっきのあかねちゃんの演奏。

期待と興奮に満ち溢れた観客。

音楽のプロフェッショナルの果子さんと雅さん。

そして、澄ました表情で隣に腰掛ける、私の好きな人。



沢山の人が見ている。

聴いている。

全方向から圧縮されるような、プレッシャー。

それが私を捕らえて離さない。







ーーでも、

私は良い演奏をしないと。

楽しい演奏をしないと。

プレッシャーに負けている場合ではない。




それは、音くんがいるから。

私の今できる、最高のピアノを、

あなたに届けたいから。




ぐっ


手を一度強く握りしめ、決意を固める。

私はこんなプレッシャー如きに、




絶対負けない。


ーー







 遥花さんは、


「絶対負けない」



と、決意したような。

意志の強い、

真っ直ぐした、

強い目をしていた。



さっきの勝本さんの演奏。

勝本さんらしい、演技のピアノ。

表情、強弱、テンポ、旋律の伸び、勢い、打点の強さ、息継ぎ……

彼女の全てが計算しつくされ、

観客を計算通りに引き込む。


演技は、勝本さんの得意分野だ。





でも。



僕は、演技ではない、本当のピアノの方が良い。


自分が思っていること、感じていること、

それを素直に表に出した、正直なピアノが。


心の底から音楽を楽しんで奏でる、

愛のピアノが。


そう、

遥花さん、あなたのピアノが。


ーー







「19番。吾峠遥花。曲名はーー。」



自分の名前が呼ばれ、席を立つ。

そして、ステージへと足を踏み入れようとした。

その時ーー



トントンッ



誰かに肩を叩かれた。


はっ


と振り返ると、音くんが、


コクっ


と首を縦に振った。


真剣且つ、何かを期待するような、

そんな目をしていた。




音くんも、私のことを応援してくれてるんだ。


好きな人の応援の頷きに、私の口元は緩んでしまう。



コクッ



私も答えるように、頷いた。








カツカツ……。



ステージへと歩みを進める。


礼をすると、


まだ冷めない観客の熱気が詰まった拍手が、

私を包み込んだ。
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