花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
あれは花と偶然が引き寄せてくれた優しい出会いなだけ。 


『そんなのわからないわよ。葵って名字? 下の名前? ものすごいイケメンでお金持ちなのよね? もしかして……!』


私と同じ可能性に思い至った様子の親友を止めるべく、早口で告げる。


「きっと違うだろうし、そもそも調べるつもりはないの。素性を口にしなかったのは詮索されたくないからよ。私も下の名前しか伝えていないし、このまま思い出にしたいの」


『変なところで頑固というか無欲なんだから。私なら絶対検索するのに……』


なにか言いたげにしながらも納得してくれた親友に、再度心配をかけた謝罪と礼を伝えて通話を終えた。

洗面所に向かい、眠る前に洗面ボウルに水を張って入れた花束を見つめた。

親友には未練がないと言ったけれど、本当は自宅へ帰る途中で何度も思案していた。

調べなかったのは、やはり手の届かない人だと思い知らされそうで怖かったから。

知らなければ、自分勝手な夢を見ていられる。

久喜との別れを完全に割り切れずにいる今だけでも、なにか縋れるものがほしかった。


「花瓶、持ってこなきゃ」


弱い自分の思考を断ち切るように小さくつぶやいて、洗面所を後にした。
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