花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「後継者を育てろという意味だ」


私の耳元に形の良い唇を寄せてささやく。

耳朶をくすぐる吐息に背筋に甘い痺れがはしった。


「俺にとって恋愛は不要で、嫌いだ。不確かな感情に振り回され自分を見失うなんてありえない。逢花も恋愛にいい感情を持っていないし、気が合うと思わないか?」


「確かに私は……恋愛が怖くて、苦手だけど……」


「ほら、な」


眦を下げ、頬を撫でる姿はとても嬉しそうだ。

これが求婚理由でなければ、素直に同意していただろう。

本気で都合の良い結婚相手だと考えているのだと、目の前が落胆で真っ黒に染まる。


馬鹿ね、気づかず淡い想いを抱いていたなんて。


どうして学習できないの。


平凡で地味な私を敢えて選ぶのは、理由があるからに決まっているのに。


「……お断りします」


視線をそらして拒絶すると、彼の手の動きが止まる。


「なぜ?」


「私と葵さんでは立場も住む世界も、考え方もなにもかも違いすぎます。それに私はあなたをなにも知らない」


口に出したのは表向きの理由。

本心は明かせない。

だってこれ以上惨めになりたくないし、心を壊したくない。


「ほかには?」


「いつか葵さんが……お互いが、恋愛をしたくなったときに後悔します」


お互いという単語を取り繕うように付け足す。


「その心配は不要だ。第一、よそ見をさせない自信はある」


そう言って、彼は私の顎を長い指で持ち上げる。

< 74 / 190 >

この作品をシェア

pagetop