お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第24話、義母と義妹、逃げる

 時間を少しさかのぼって、まだ日が昇る前。月が中天にかかっていたころ――

「くっ、なんてこった…… 元王子だった猫め、ちょこまかと逃げて」

 魔女アルチーナはぶつぶつと不平を言いながら、怪我した足に薬草をすりつぶした魔法薬の軟膏を塗りこんでいた。

「だが私もうかつだった。自分が猫になったときの身体能力を思い出せば、棚の上に乗せたって猫には届くことくらい分かったのに」

 シーツを裂いて包帯のように足に巻き付けると、テーブルに寄りかかって立ち上がった。(ほうき)で割れた花瓶と一緒に懐中時計を()いて、魔法陣を描いた麻の布に乗せると、ぎゅっと縛った。

「ドラベッラ、起きてるんでしょう?」

 ベッドの上の娘に声をかける。ベッド脇の燭台にはあかあかと火が灯り、盛り上がったシーツを照らしている。

「――ったく物音で目が覚めないのかね。花瓶が落ちるわ、猫と私が追いかけっこするわ、大騒ぎだったのに」

 片足を引きずりながらベッドに近付き、娘を揺り起こした。

「起きなさい」

「なによ、まだ夜中じゃない」

 ドラベッラはうっとおしそうに頭からシーツをかぶった。

「猫が逃げたのよ」

「だから?」

 くぐもった声で問う。

「猫が護衛の衛兵を連れてくるかもしれない。ここは引き払った方がいいわ」

「猫にそんなことできないわよ。いくら元王子だって口が利けなければ命令もできないわ」

「じゃあ、お前だけここにいなさい」

 母親が燭台の火を消し(ほうき)を引きずって木戸に向かったので、ドラベッラは慌てて飛び起きた。

「置いていかないでよ!」

 暗闇の中、手探りで枕元に置いたガウンを羽織り、ベッド下に並べた靴を履くと、急いで追いかけた。

「カルロ様だった懐中時計は?」

 花瓶が置いてあったはずの棚の上を見上げ、ドラベッラは尋ねた。棚は闇に沈み、何も見えない。

「――猫が盗んで、持って帰ってしまったよ」

 アルチーナは振り返らずに答えた。

「さっきの大きな音は猫のしわざだったのね! 夜中にガシャーンってガラスの割れる音がして、目が覚めちゃったわよ」

 口をとがらせて不平を言いながら、アルチーナの押した木戸から外へ出る。ふと視線を落とすと、雲間からうっすらと差す月明かりの中、母親が何かを大事そうに小脇に抱えているのが分かった。

「その麻の布包み――」

 何か言いかけたドラベッラをさえぎって、

「さあ、うしろにお乗り」

 小川の前で魔女アルチーナは(ほうき)にまたがった。ドラベッラがうしろに座ると、夜風がふわりと湧き起こる。

「今度はどこへ行くの? 逃げた猫を追わなくていいの?」

「自ら敵のふところに飛び込むなんて愚か者のすることさ」

 アルチーナは風に乗り、厚い雲が重なる夜空へ舞い上がった。

「じゃあお母様、近くに隠れて待っていて、猫が衛兵を連れて戻って来たところをつかまえればいいじゃない」

「猫の状態で来るとは限らないだろう? 王子が猫に変身するのは二度目なんだから、宮廷魔術師がすぐに気が付いてもとに戻すかもしれない」

「離宮に魔術師たちも連れてきているのかしら?」

 ドラベッラの問いに、アルチーナは答えなかった。水晶玉をのぞいて見ても、宮廷魔術師の顔を知らないから判別できないのだ。恰好から判断して離宮には着いてきていないとも考えたが、王子たちさえ簡易的な服装をしていたのだから、魔術師たちも使用人のようないで立ちでヴァカンスに来ているかもしれない。

「用心するに越したことはない」

 月が隠れて真っ暗になった空の上で、アルチーナは低くつぶやいた。

「生きてさえいればいくらでも打つ手はあるんだから。でも火あぶりにされたらおしまいさ」

「火あぶり!?」

 ドラベッラが()頓狂(とんきょう)な声を上げると、

「捕らえられた魔女の行く末は火あぶりと決まっているじゃない」

 変わらぬ口調で答えた母親の背中に、ドラベッラは強い口調で抗議した。

「私は魔女じゃないわ! 侯爵令嬢よっ!」

「雨が降って来たわね……」

 うしろで激昂する娘を振り返る代わりに、アルチーナは真っ黒な空を見上げた。高地の天気は変わりやすいのだ。

「ちょっとやだ、大粒の雨よ!」

 ドラベッラは首をすくめ、ガウンの前を()き合わせた。

「仕方ない。いったん地上に降りて、雨雲が去るのを待ちましょう」

「月が雨雲に隠れてしまって何も見えないわ!」

 大騒ぎするドラベッラをなだめることもせず、アルチーナは大きな木の下に降り立った。ふところから小さな石を出し小さく呪文を唱えると、ぼんやりと明かりが(とも)った。

「一晩中、木の下で雨宿りするっていうの!?」

 まだ金切り声を上げているドラベッラに、

「あそこに見える小屋、あれはきっと馬小屋よ。あそこで雨をしのぎましょう」

「嫌ぁ、馬小屋なんて絶対臭いわよ!」

「私は雨に濡れて病を得るより、臭いのを我慢するほうを選ぶわ」

 雨の下、走り出す母親を仕方なくドラベッラは追いかけた。

「こんなの絶対おかしいわ! 私はシャンデリアの光がきらめくサロンで、素晴らしい絵画に囲まれて、宮廷楽団の演奏に合わせてステップを踏んでいるはずなのに!」


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