お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第35話、魔女の残した魔法薬

「何者だ!?」

「余はフォンテリア王国第一王子、ミケーレである!」

「ええっ、殿下!?」

 先頭の衛兵が驚きの声を上げる。

「して、そちらの方は?」

「お騒がせして申し訳ございません。モンターニャ侯爵家のロミルダです……」

「ああ、殿下の婚約者の――」

 衛兵は胸をなで下ろした。

「なぜこの屋根裏部屋に侵入者がいると分かったのだ?」

 悪びれもせず尋ねるミケーレに、

「裏門を見張っている者が、誰もいないはずのアーチ窓に人影が映ったのを目撃したのです」

 衛兵が答えたとき、報告を受けた侍従長が大理石の階段をのぼって来た。寝入りばなを起こされたのが不機嫌な顔で、

「殿下、なぜこのような時間に、このような場所に?」

「魔女アルチーナがつかまっておらぬからな。彼女の逃亡先の手がかりがないか、祖父の遺したナナに関するものを確かめておったのだ」

「そのような雑事は殿下自らなさらず、我々に命じてください」

 胸に手を当て慇懃に頭を下げる侍従長に、ミケーレは涼しい顔で答えた。

「それではつまらぬではないか」

「っ……、殿下――」

「そう難しい顔をするな。ちょっとやんちゃなところもかわいいと思いたまえ」

 ミケーレのふざけた注文に、ロミルダがクスッと笑いをこぼした。

「ほら、ロミルダは優しいから笑って許しておるではないか」

「ロミルダ様はむしろ共犯――、いえ、なんでもございません」

 ミケーレは侍従長の突っ込みを無視してロミルダを振り返り、

「余はかわいいであろう?」

「ええ、かわいいですわ、ミケーレ様!」

「だめだこの二人」

 侍従長はぼそっとつぶやいた。

 

 翌朝ロミルダはまだ眠いのに、サラに起こされた。

「お目覚めください、ロミルダ様。今日は午前中に宮廷魔術師から魔法薬の説明を受ける予定がございます」  

「そうだったわね……」

 枕に顔をうずめるロミルダに、

「まだ旅のお疲れが残っているのでしょうか」

 昨夜、秘密の冒険を決行したことなど知らないサラは、心配そうに首をかしげた。

 当然ながらミケーレも、あくびをかみころしながら魔術の()に姿を現した。

 彫刻の施された大理石の柱の横から、年配の魔術師が歩み出て一礼し、

「本日説明を担当させていただきますゴルドーニでございます。お二人の前に並べておりますのは、魔女アルチーナの部屋から押収した魔法薬になります」

 長い木のテーブルには、さまざまな形をした瓶に入った魔法薬が並んでいた。あるものは粉薬、あるものは揺らぎながら色を変える液体、またあるものはハーブティーのように植物を乾燥させたもの。

「これは『まやかしの粉』。振りかけると見た目の年齢を偽ることができます。こっちは『変身の粉』。別人に変身できる危険なものです」

 宮廷魔術師が一つずつ説明する。ロミルダは、各魔法薬の外見的特徴と効果を手のひらサイズのノートに書き留めた。

「ほほう、『変身の粉』か。では猫にも変身できるのか?」

 ミケーレが期待を込めて質問すると、

「いえ、人間だけです」

 魔術師ゴルドーニは即答した。ミケーレはがっくりと肩を落としつつも、

「だがまあ危険な魔法薬ではあるな。魔女が父上の姿に変身したら厄介だ」

「その心配はないようです。我々で検証したところ、変身したい相手の姿をきちんと記憶している必要があるのです」

 ロミルダはうなずきながら、羽ペンを小さなノートに走らせる。

「相手の姿をはっきりと思い浮かべる必要があるのですね」

「その通りです、ロミルダ様。我々の実験では会ったことのない人物でも、詳細で出来の良い肖像画を目の前に置いて使えば成功しました」

「金貨に彫られた父上の横顔では――?」

 ミケーレの問いに、魔術師は首を振った。

「不可能でしょう。陛下のお顔をありありと思い浮かべられる臣民などおりませんから、魔女が陛下に変身するのは極めて困難かと」

 国王はいつも一段高い玉座に座っており、侯爵夫人といえども間近でじろじろと容貌を確認したことはないだろう。

「万能ではないというわけか」

 ミケーレがうなずくと、魔術師はまた次の瓶を手にした。

「こちらは眠り薬。匂いをかぐだけでたちまち眠りに落ちます。そしてこちらの魔法薬は――」

「砕いた小石が入っておるのか?」

「いいえ、殿下。これは猛獣の骨や牙、乾燥させた爬虫類の身体を砕いたものなどが、混ざっているのです」

 魔術師の言葉にミケーレは眉をひそめて身震いした。一方ロミルダはびっしり書き込んだノートから顔を上げ、

「トカゲの尻尾とか蛇の目玉などでしょうか!? 魔女らしくなってきましたわね!」

 楽しそうに目を輝かせた。

 魔術師はコホンとせき払いしてから、

「この魔法薬を浸した水を飲んだ者はやがて、獣に姿を変えてしまうようです。魔術鑑定をおこなっただけで実験はしておりませんが、恐ろしい薬だと推測されます」

 重々しい口調で告げた魔術師に、ミケーレ殿下が期待をこめたまなざしで尋ねる。

「猫になれるかにゃ?」

「どのような獣に姿を変えるか選ぶことはできません」

 有無を言わさぬ魔術師の返答に、またもや残念そうなミケーレ。

「それからこの砂糖のように見える白い粉は、口にした者の姿を、その者の宝物に変えてしまう効果を持ちます」

「おぉ、それそれ」

 物知り顔のミケーレを不思議そうに見つめながら、ロミルダはノートをぺらぺらと見返した。

「こんなにいろいろな魔法薬が存在するなんて驚きですわ! 姿を変える手段があるなら、騎士団の検問をすり抜けることも可能ですわね」

「全くだな。もう遠くまで逃げているかもしれん」

 だがミケーレの予想に反して、魔女アルチーナは王都に戻って来ていた。のみならず、彼らのすぐ近くまで迫っていたのだ。

「お前たち宮廷魔術師は、魔女に対抗できる力を持っているのか? これらの魔法薬を作り出す知識や技術はあるのか?」

 ミケーレに追求された老魔術師は、額の汗をぬぐいながら(こうべ)を垂れた。

「恥ずかしながら―― 我々の力不足を認めないわけにはいきません。魔女アルチーナは脅威でしょう」

「情けない。――が、教会が禁術としている黒魔術や交霊術など、お前たちが学ぶことのできない知識を身に着けている魔女に太刀打ちするのは、確かに困難かもしれんな」

 ミケーレは腕組みすると眉根を寄せて、ずらりと並んだ魔法薬を見下ろした。

「それでしたら」

 明るい声はロミルダのものだった。

「太刀打ちするのではなく、お義母(かあ)様を説得して改心してもらえばよろしいのではないでしょうか?」

「ええ……」

「いや……」

 ロミルダのポジティブが突き抜けた発言に、ミケーレも魔術師ゴルドーニも二の句が継げない。

「実の娘であるドラベッラにまで裏切られて、きっとお義母(かあ)様は悲しんで孤独な夜を耐えているに違いありませんわ!」

「そうだとしても、だな」

 ミケーレは片手で額を押さえた。

「私たちの愛で包んで差し上げましょう!」

 太陽のような笑顔を浮かべて、ロミルダは両手を大きくひらいた。そのまぶしさに、ミケーレはふと憧れのまなざしを向けた。

「ああ、そなたなら――」

 胸の内でふくれあがる愛おしさを抑えきれなくなったのか、魔術師たちが見守る前でロミルダをひしと抱きしめた。

「それも可能なのかもしれない……」

「殿下まで納得しないでください!」

 慌てて止めようとする魔術師にも、ロミルダは天衣無縫な笑顔を向けて、

「呪文はいつも、愛情愛情、ですわよ!」

 と自信たっぷり。

「ロミルダ様、ミケーレ殿下、くれぐれも危険は冒さず、我々にお任せください」

「はーい」

 心配顔の老魔術師へ適当に良い返事をしながら、ロミルダは胸の内で答えた。

(いじわるなお義母(かあ)様とはいえ、ずっとひとつ屋根の下で暮らしてきた家族も同然の人よ。火あぶりなんて結末は、私が変えてみせる)

 そのためには何ができるか、とロミルダは頭を回転させていた。彼女は、無理かもしれない、とは考えなかった。いつでも、どうすればうまくいくか、を考えるのが(つね)だった。

(あのナナさんという人のために、お義母(かあ)様は王家を敵視しているのよね、きっと)

 ロミルダは昨晩、屋根裏部屋で見た魅惑的な肖像画を思い出していた。

(お義母(かあ)様、過去の復讐になんてとらわれないで。私が解放して差し上げますわ……!)
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