お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第41話、ミケーレ殿下が打ち明けた秘密

 北の塔の最上階へは、暗い石の階段がぐるぐると続いている。ロミルダとサラは息を切らして急な階段をのぼり続けた。

「あら? 見張りがいない?」

 不思議そうに見上げるロミルダの耳に、騎士二人とアルチーナの会話が聞こえてきた。

「アルチーナおばさん、こっちは順番に並べ終わったぜ」

「俺の方ももうじきだ」

「仕事が早いね、ありがとう。ところでおばさんと呼ぶのはやめてくれと言っているでしょう」

 騎士たちはどうやら、アルチーナが魔術書用に書き終わった綿紙(コットンペーパー)をページ順に並べる作業を手伝っているようだ。

「お義母(かあ)様、今お忙しいかしら?」

「おお、ロミルダ! 来てくれたのかい!」

 扉の陰からひょこっと顔をのぞかせたロミルダに気が付くと、アルチーナは顔をほころばせた。

「忙しいことなんて、なんにもありゃしないよ。今日はどうしたの? また魔術の勉強で分からないことがおありかい?」

 アルチーナは命の恩人であるロミルダに対して態度を改め、この上なく優しい継母になっていた。

「おばさんが忙しいって言うから、俺たち手伝ってやってんじゃん」

 いそいそと立ち上がり、机の前から離れるアルチーナの背中に文句を言う騎士。

「おばさんはやめてって。だってあなたたち、扉の前であくびばかりしていたじゃない」

 アルチーナはしっかり言い返してから、ロミルダの持ってきたノートを受け取ると、

「この呪文の術式はね――」

 自ら図を書き入れながら丁寧に説明を始めた。

 日が傾くころ、ロミルダとサラは北の塔をあとにした。燭台に細いロウソク一本しかない部屋では、陽が沈むと書物を読んだり書いたりできないのだ。

 騎士たちも交替の時間になり、部屋から出て行った。

 一人になったアルチーナは、古びた棚から水晶玉を持ってくると、かすかな声で呪文を唱えて両手のひらをかざした。

 水晶玉の表面が水のようにゆらめいて、やせ細った少女の姿を映し出した。両手を縛られ、鞭を握った男に見張られている。

「ああ、あわれなドラベッラ」

 変わり果てた娘の姿に、アルチーナは声を殺して泣いた。ドラベッラは処刑されなかった。決して豊かではない農民たちは、彼女を人買いに売ったのだ。

「なんとかしてお前を助けてやりたいけれど、今の私はここから出られないの。王家を乗っ取ろうとした罪をつぐなうために、私の知識を皆に伝えることを誓ったから」

 一度決めたことはやりとげるのが彼女の性格だった。亡き母の復讐のために何十年も尽力していた彼女は今、その闇から解放され、新たな使命のために生きていた。

「だけどドラベッラ、それはお前自身の選んだ人生なのよ」

 母親を裏切って逃げたりしなければ、ドラベッラには別の未来が訪れていただろう。

 手の甲で涙をぬぐうと、アルチーナは水晶玉に布をかけた。彼女自身は、今のドラベッラよりずっと幼いころに母を亡くし、一人で生きてきた。

「私はこれまで、あの()を甘やかしすぎたのね。この行き場のない愛はせめて、もう一人の娘であるロミルダに捧げよう……」

 実の娘を贔屓(ひいき)するあまりつらく当たってきた前妻の娘を、これからは我が子と思って大切にしようと、アルチーナは心に決めていた。 



 ロミルダとサラが王太子妃の()に戻ってくると、高い天井から下がるシャンデリアに侍女たちが火を入れているところだった。立ち並ぶロウソクが一本ずつ明るくなるに従い、部屋は夜の陰と独特のにおいに満たされていった。

「隣国の大使との晩餐会まで、まだ少し時間があるわね」

 大きな窓の向こうに見える空は、まだぼんやりと明るい。

「支度をして参ります」

 サラが次の()にさがると、ロミルダはピンクとブルーのインクを流したような空に惹かれてバルコニーに出た。連なる王都の屋根が、夕闇に抱かれてゆく。その中でひときわ目立つのは、教会の丸いドームと鐘楼。暮れなずむ空の下、寄り添うように建っている。

「お母様、なんだか私に母親ができたようなんです」

 教会の屋根を見つめながら、ロミルダは小声で話しかけた。

「アルチーナ夫人のことですよ」

 付け足してちょっと笑ったとき、うしろから声がかかった。

「ロミルダ様、王太子殿下がお呼びです」

 振り返ると、王宮に暮らすようになってから身の回りの世話をしてくれる王太子妃付き侍女が二人立っていた。

「すぐに参りますわ」

 答えて暖炉の上に立てかけた大きな鏡の前で、さっと身なりを整える。

(晩餐会で隣国の大使と話す内容の打ち合わせかしら?)

 侍女二人と共に王太子の()を訪れる。

「ロミルダ様がいらっしゃいました」

 侍女が声をかけると、侍従が扉を開けた。

「ミケーレ様、何かご用でしょうか?」 

 ロミルダが尋ねると、ミケーレはあからさまに悲しそうな顔をした。

「用がないと妻に会えぬのか、余は」

「いいえ、そんなことは」

 罪悪感にさいなまれて、慌てて首を振る。

「ようやく仕事が終わったから、そなたの顔を見たいと思っただけだ」

 すねたように、ふいっとそっぽを向く。その視線の先には、興味なさそうに大きなあくびをする三毛猫ディライラの姿。

「お仕事お疲れ様です」

「大臣たちと会議だったのだが、思ったより長引いてしまった」

 肩を回しながらソファに腰かけるミケーレに、

「もしよろしければ肩もみでも、いたしましょうか?」

「ああ、そなたのマッサージは格別だったな」

「…………?」 

「ブラッシングに耳掃除、そしてマッサージとフルコースを所望してもよいか?」

「あの――」

 言いにくそうにロミルダは申し上げた。

「私、お耳のお掃除もマッサージもさせていただいたこと、ありませんよね? しかもブラッシングとは……?」

「あー」

 彼にしてはめずらしい間の抜けた声を上げると、両(ひざ)にひじを置き両手で額を支えた。

「そろそろ真実を打ち明けてもよいだろう。そなたは王家の人間になったのだから」

 ロミルダがキョトンとしているあいだに、ミケーレは侍従と侍女に命じた。

「しばらくロミルダと二人きりにしてくれ」

 彼らが部屋から出て行くと、

「ロミ、ここへ」

 自分のとなりをポンポンとたたいて、座るようにうながした。

「はい、ミケーレ様。それで真実とは――?」

「余もそなたをロミと呼んでいるのだから、ミケと呼んでくれればいいのに」

「…………」

 嫌だと言ったらまたミケーレが寂しそうな顔をするので、ロミルダはあいまいに目をそらした。

 ミケーレはあきらめたらしく、すっかり夕闇に沈んだ窓に映るシャンデリアの光を眺めながら、話し出した。

「王家の名誉を守るためという理由で、箝口(かんこう)令が敷かれていたのだが、そなたなら真実を知っても態度を変えるようなことはないだろう」

「わたくしは態度を変えるなんて器用なことのできる人間ではありません」

 ロミルダは笑った。教育係にも侍女にも、素直すぎるのは危険だといつも注意されてきた。

「確かにそうだな。そなたは余が猫だったときと同じように、今も優しく接してくれる」

「猫……?」

 不思議そうな顔をするロミルダに、三毛猫のミケは自分だったと彼は打ち明けた。

「だからミケと呼んでほしいのだ」

 ちょっと頬を赤らめてもう一度頼んでみる。

「まさかそんな……」

 ロミルダはあっけにとられて口元を押さえた。だが頭の中でカチリと最後のピースが()まる音がした。

(そう、だからミケは命を狙われて、吹き矢を放ったドラベッラは王太子殺人未遂でつかまったのよ!)

 腕の中でぐったりと力を失ったミケの重みが、昨日のことのように思い出される。

「私の首元に飛んできた毒矢から、身を(てい)して守って下さったのはミケーレ様だったんですね……!」

 胸に熱いものがこみ上げてきて、ロミルダはミケーレの首に腕を回した。

「ああ――。そなたの命は余にとって、何よりも大切だから」

「いけません、ミケーレ殿下。あなたはこの国の王位継承者なのですよ!?」

 いさめながら彼のブロンドを優しくなでるロミルダを、ミケーレはぎゅっと抱きしめた。

 彼の熱い体温を感じていると、湖畔の離宮でミケと過ごした光景が、ロミルダのまぶたの裏に鮮やかに浮かんだ。

(王妃様に抱っこされたとき、ミケちゃん震えてたのよね……。水車小屋に私たちを案内してくれたのも、ミケーレ様だったんだわ……。そう、私がマッサージして差しあげたのも――)

 記憶をさかのぼるうち、侯爵邸に初めてミケが現れた日のことが脳裏によみがえった。

(いけない、私ったらシュミーズ姿でミケを洗ったんだわ!)

 ロミルダは耳たぶが熱くなるのを感じた。相手が人間の男性だと知っていたら、決してあんなことはしなかったのに。

(ミケくんは男の子だけど猫ちゃんだと思ってたから――)

「あ……」

 思わずロミルダは小さく声を上げた。

(ミケーレ様がサラを嫌っているのも納得だわ!!)

 侍女のサラが三毛猫の後ろ足を持ち上げて、彼の性別を明らかにしたときのことを思い出したのだ。

(でも―― そうよ、私も見ちゃったじゃない!)

「どうした?」

 髪の根元まで赤く染めてうつむいているロミルダを、心配そうにミケーレがのぞきこんだ。

(あのとき指で突っついたりしなくて本当によかったわ!!) 

 モフモフ尻尾の下にちょこんとぶるさがっている丸いヤツが脳裏に浮かんで、ロミルダはブンブン手を振って記憶をかき消した。

「ロミ――?」

「ミケーレ様、申し訳ありませんでしたっ!!」

「突然どうしたというのだ」

「えっと、ニャン玉見ちゃって――!」

 今度はミケーレが真っ赤になる番だった。

「それは忘れてくれ!!」


<猫殿下とおっとり令嬢、完>


・~・~・~・~・~・~


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