微糖、微熱、微々たる鼓動

アップルパイ

カフェに入ってまず目に入るのは、ショーケースの中でお行儀よく並べられている焼き菓子やケーキたち。



「奏さん!お疲れ様です!・・・その人は?」



キッチンの方から、派手髪の女が顔を出したかと思うと、勢いよく夢野に抱きついた。
怪訝な顔で俺を見つめる女に、夢野は「お客さんだよ」と笑う。



「お好きなところに座ってください。今、水持ってきますね」



そう言って片手に持っていたエプロンを着けながら、夢野はキッチンの方へ入っていった。



相変わらず俺を不愉快だとでも言うような表情で見つめる派手髪の女を放って、1番近い席に座る。



する事もない為、席に置いてあったメニュー表をなんとなく眺めていると、派手髪の女がそっと近付いてきた。



「・・・あの、違ったら申し訳ないんですけど、貴方、渡海裕一ですか?」



「だったらなに?」



「やっぱり・・・!!」



なんだその、化け物でも発見したような顔。



「お前っ・・・、奏さんに手出したら許さないからな!」



「出さねーよあんなブス」



「ブッ・・・?!ありえない!!」



奏さんは世界一可愛いわ!!と吠える女を無視する。
耳元で騒がないで欲しい。一応客だぞ俺。



犬のように騒ぐ女を放っていると、キッチンからトレーを持った夢野が出てきた。



「どうしたの?凪ちゃん。もしかして知り合いなの?」



「奏さんっ・・・!知らないですか?この男!有名ですよ?!」



「そうなの?私、そういうのは疎くて・・・あ、これ、まだ試作品なんですけど。良かったら食べてみてください」



そう言って夢野は俺のテーブルに水と小さなアップルパイを置いた。
先程出来上がったばかりなのか、アップルパイからは微かに熱気が感じる。



ちょうどお腹が空いていたから助かるな。



横にいる凪という派手髪女は、「まだ私も食べたことないのにっ・・・」と嘆いているが、そんなの俺には関係ない。



フォークで1口サイズに切って、口に入れる。



カスタードクリームとほろっととろける林檎はもちろん、パイ生地のサクサク感と香ばしいバターの香りが鮮やかだ。



久しぶりに食べ物を口に入れたからか、余計に美味しく感じる。
黙ってアップルパイを頬張る俺を、夢野はニコニコしながら見つめていた。



「いただきますも言わないし、美味しいの一言もなし。こんな奴に食べられるアップルパイが可哀想っ・・・!」



その反対に、凪はうぎぎ・・・と俺を恨めしそうに見る。
こんな奴が店員で大丈夫なのかこの店は。
夢野も笑ってないで注意しろよ。




あっという間になくなったアップルパイに、夢野は「美味しそうに食べてくれて嬉しいです」と顔に喜色を浮かべる。



片付けてくるね。と凪に一声かけて、夢野はまたキッチンの方へ戻っていった。






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