今会いに来ました。 カフェラテプリン道中記
その後、今度は姪から電話が来まして、、、。 「お母さん 転院したって。」
その話にまたまたぼくは驚きました。 (やりやがったな。)
一緒に入院していた義父がやったことは明白だった。 自分で金を使い込んでおいてそれを祖母を使って追及してきたぼくに恨みを抱いたんだ。
(しょうもねえ男だな。 自分からやらかしておいて恨むなんて、、、。) 脂ぎっている男だから何となくいやな気持にはなったんだ。
しかも病室で「俺は務所にも入ったことが有るんだぞ。」なんて自慢してたっていうのだからどうしようもない男だった。
ぼくは意を決して病院に電話して母さんの転院先を聞き出した。 電話を受けたナースは混乱していた。
「誰にも教えるなって言われてるんです。 あなたがどうなっても保証できませんよ。」 「構いません。 教えてください。」
「ほんとにいいんですか? どうなっても責任は取りませんよ。」 かなりすごまれたらしい。
まあね、ぼくに腹を立てた時、思い余って日本刀を持ち出したくらいだから狂っているのは分かるよ。
それでやっと転院先を聞き出したぼくはさっそく病院へ向かった。 母さんは喜んでくれていた。
脳挫滅で死ぬ寸前だったのに帰ってきてくれたんだ。 やっと母さんに会えた。
その後も精神的には浮いたり沈んだり幼児に戻ったりしたけど母さんは何とか意識を保ってくれていた。
「この災難で母さんを死なせはしない。 死ぬようなことになれば俺が代りに逝ってやる。 魔王には付け入らせないぞ。」
その覚悟で祈ってきてやっと勝ったんだ。 「死んだほうがいいんだ。」なんて言っていた祖母たちは以後、ぼくには何も言わなかった。
それからの母さんは17年生きてくれた。 そしてぼくは母さんに孫を会わせることが出来た。
「どうせ、あんたのことやから何もしとらんのやろう?」 叔母は何処までもぼくらを蔑んでいた。 別にいいけどね。
叔母一人が蔑もうがどうしようがぼくは変わらないんだから。
母さんが病院から介護施設に移った後、ぼくは誕生日に電報を打った。 最初は押し花電報だったよ。
次はドラえもんのぬいぐるみ付電報だった。 ドラミちゃんも一緒だったね。
母さんは二つをテレビの上に並べて写真を撮ったんだってさ。
次はミッキーとミニーのぬいぐるみ付き。 叔母はそんなこと知らない。
いやいや、そこまで馬鹿にしてるとは恐ろしいなあ。 確かに叔母は頭も良かったからね。
昼間は洋裁の勉強をしながら夜は県内随一の高校の通信制で勉強してた人だから。 おかげで母さんはとことんに馬鹿にされてた。
妹まで揃って馬鹿で貧乏でどうしようもないやつらだって思われてたよ。 でもぼくはそれに対しては何も言わなかった。
言っても分からないと思ってたから。 こんな親戚は二度と絡みたくないな。
おまけに叔母と祖母はぼくらの名義を使って金を貯めこんでたんだ。 簡易保険でね。
祖母はよく言った。 「満期になったらお前にも金をやるからな。」って。
でも実際に貰ったことは無い。 「何でお前なんかにやらないかんのか‼」って噴火したほどだから。
考えてみれば金しか信用できない人たちだったんだよ。 憐れすぎるよね。
日蓮大聖人は仰せられている。 「蔵の財より身の財優れたり。 身の財より心の財第一なり。」
蔵をいくつも持っていても信用が無ければ侘しいだけだ。 小判をいくら積み上げていても人が集まってこなければ空しいだけだ。
母さんは友達を大切にする人だった。 事故に遭った後は誰とも会わなかったけど。
叔母はそんな母さんを見ながらよく言っていた。 「赤の他人より家族親戚が大事だ。」って。
って言いながら金蔓としか思ってなかったじゃないか。 自己矛盾はやめたほうがいい。
今、祖父母も逝ってしまって叔母も疎遠になってしまった。 妹まで。
でもなんか、スッキリした気がする。 煩わしい荷物を故郷に全て置いてきたんだから。
その話にまたまたぼくは驚きました。 (やりやがったな。)
一緒に入院していた義父がやったことは明白だった。 自分で金を使い込んでおいてそれを祖母を使って追及してきたぼくに恨みを抱いたんだ。
(しょうもねえ男だな。 自分からやらかしておいて恨むなんて、、、。) 脂ぎっている男だから何となくいやな気持にはなったんだ。
しかも病室で「俺は務所にも入ったことが有るんだぞ。」なんて自慢してたっていうのだからどうしようもない男だった。
ぼくは意を決して病院に電話して母さんの転院先を聞き出した。 電話を受けたナースは混乱していた。
「誰にも教えるなって言われてるんです。 あなたがどうなっても保証できませんよ。」 「構いません。 教えてください。」
「ほんとにいいんですか? どうなっても責任は取りませんよ。」 かなりすごまれたらしい。
まあね、ぼくに腹を立てた時、思い余って日本刀を持ち出したくらいだから狂っているのは分かるよ。
それでやっと転院先を聞き出したぼくはさっそく病院へ向かった。 母さんは喜んでくれていた。
脳挫滅で死ぬ寸前だったのに帰ってきてくれたんだ。 やっと母さんに会えた。
その後も精神的には浮いたり沈んだり幼児に戻ったりしたけど母さんは何とか意識を保ってくれていた。
「この災難で母さんを死なせはしない。 死ぬようなことになれば俺が代りに逝ってやる。 魔王には付け入らせないぞ。」
その覚悟で祈ってきてやっと勝ったんだ。 「死んだほうがいいんだ。」なんて言っていた祖母たちは以後、ぼくには何も言わなかった。
それからの母さんは17年生きてくれた。 そしてぼくは母さんに孫を会わせることが出来た。
「どうせ、あんたのことやから何もしとらんのやろう?」 叔母は何処までもぼくらを蔑んでいた。 別にいいけどね。
叔母一人が蔑もうがどうしようがぼくは変わらないんだから。
母さんが病院から介護施設に移った後、ぼくは誕生日に電報を打った。 最初は押し花電報だったよ。
次はドラえもんのぬいぐるみ付電報だった。 ドラミちゃんも一緒だったね。
母さんは二つをテレビの上に並べて写真を撮ったんだってさ。
次はミッキーとミニーのぬいぐるみ付き。 叔母はそんなこと知らない。
いやいや、そこまで馬鹿にしてるとは恐ろしいなあ。 確かに叔母は頭も良かったからね。
昼間は洋裁の勉強をしながら夜は県内随一の高校の通信制で勉強してた人だから。 おかげで母さんはとことんに馬鹿にされてた。
妹まで揃って馬鹿で貧乏でどうしようもないやつらだって思われてたよ。 でもぼくはそれに対しては何も言わなかった。
言っても分からないと思ってたから。 こんな親戚は二度と絡みたくないな。
おまけに叔母と祖母はぼくらの名義を使って金を貯めこんでたんだ。 簡易保険でね。
祖母はよく言った。 「満期になったらお前にも金をやるからな。」って。
でも実際に貰ったことは無い。 「何でお前なんかにやらないかんのか‼」って噴火したほどだから。
考えてみれば金しか信用できない人たちだったんだよ。 憐れすぎるよね。
日蓮大聖人は仰せられている。 「蔵の財より身の財優れたり。 身の財より心の財第一なり。」
蔵をいくつも持っていても信用が無ければ侘しいだけだ。 小判をいくら積み上げていても人が集まってこなければ空しいだけだ。
母さんは友達を大切にする人だった。 事故に遭った後は誰とも会わなかったけど。
叔母はそんな母さんを見ながらよく言っていた。 「赤の他人より家族親戚が大事だ。」って。
って言いながら金蔓としか思ってなかったじゃないか。 自己矛盾はやめたほうがいい。
今、祖父母も逝ってしまって叔母も疎遠になってしまった。 妹まで。
でもなんか、スッキリした気がする。 煩わしい荷物を故郷に全て置いてきたんだから。