鬼の生贄になったはずが、溺愛されています
帰る日
今更村に戻るなんて考えたこともなかった。
その日の朝、ハナは無言で身支度を済ませた。

着物は前日のうちに川で洗濯をしてきれいにし、竹で作った水筒に川の水もくんできた。
山へ来たときには光鬼に出会ってすぐに気絶して洞窟へ運ばれてきたから、村に出るまでにどのくらい歩くのかわからない。

ただ、村に太陽光が当たらないくらい大きくて不快山だ。
1日はかかる覚悟をしておいたほうがよさそうだ。

すべての準備が整ったハナは洞窟の入り口に立ち、振り向いた。
そこには2週間んほど光鬼と共に過ごした空間がある。

ハナが草木で作った間仕切りや、枯れ葉を敷き詰めた布団。
その上で愛し合ったこと。

思い出すと涙が出てきてすぐに前を向いた。
今日はよく晴れていて、山の中を歩いても危なくなさそうだ。

だけど真っ暗になってしまう前には下山しておきたいから、もう出発しないといけない。


「ハナ」


後ろから声をかけられてビクリと体が震えた。
さやしい声の主を振り返ることはできない。

振り返ってしまったら最後、ハナはここから出ることができなくなってしまう。


「さようなら」


ハナは前を向いたままで、光鬼にそう声をかけたのだった。
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