鬼の生贄になったはずが、溺愛されています
誰かの一言で若い女が家にいる者たちは視線を外した。
みんな鬼に生贄を捧げることには肯定的でも自分の娘を差し出したくはない。
場は水を打ったように静かになった。


「若い女と言えば、ハナがいるじゃないか」


それはくぐもった小さな声だった。
自分が言いだしたのだと言われないためにそうしているのか、部屋の隅の方から微かに聞こえてきた声。


「ハナか。あの子は両親がいなくなったんだったな」


その声に賛同するように誰かが言った。
すると今まで顔をそむけていた何人かが、顔をあげて頷き合う。


「まさか、ハナを生贄にするつもりか!?」


この場にいた武雄が声を荒げて周囲を見つめる。


「そんなの絶対に許さない! 家族がいないからハナを選ぶのなら、俺がハナと結婚する! ハナの家族になる!」


顔を真赤にして本気で叫ぶ武雄に他の村人たちは鼻白んだように黙り込んだ。


「まぁ、今日のところはこれで終わりましょう。生贄なんて、そう簡単に決めていいもんじゃない」


村の長のその一言で、一晩中続いた会議は終わった。
外へ出るとすでに太陽は登りきっていたけれど、狭霧村にはまだまだ深い霧が立ち込めていたのだった。
< 6 / 77 >

この作品をシェア

pagetop