隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

10.姉離れをさせますわ


 聖女である真奈美様から、アルバートの姉離れを手伝う代わりに、私が聖女の仕事を手伝うという提案を受けた。
 真奈美様が異世界からやってくるまでは私が聖女を務めると思っていたから、聖女の役割そのものは出来る。だけれど、本物の聖女がいるというのに、身代わりで聖女の役目を請け負っていいものだろうか。何か予想しない不都合なことが起こってしまったら。そう一瞬だけ迷った。

「お願い、クリスティーナ。あたしだって、せっかく異世界に来たんだから、仕事ばっかりじゃ嫌なの。なにも仕事を放棄しようだなんて言ってないんだからさ、これくらい教会のおっさん達も認めてくれるって。ていうか、あたしが認めさせる!」

 と、鼻息荒く言うので、承諾することにした。真奈美様の要求ももっともだと思ったから。人間、休息は必要だ。
 あと正直なところ、婚約もなくなったので暇なのだ。ずっと聖女候補として鍛錬をしていたため、あまり社交界にも顔を出しておらず、知人はいても友人と呼べるような人は少ないし。

「承知いたしましたわ」
「そうこなくちゃ! ありがとね、クリスティーナ」

 ガバリと真奈美様が抱きついてくる。真奈美様は感情表現が豊かで可愛らしい人だ。

「いえ、わたくしにも利があることですから、お互い様ですわ」
「じゃあ、聖女の仕事に関してはあたしが話を付けとくから」
「はい、宜しくお願いいたします」



 その後、真奈美様といろいろお話したあと、お茶会は終了となった。扉を開けると、真奈美様が予想していたように、アルバートは扉横に張り付いていた。

「アルバート……ずっとそこに?」

 思わず尋ねると、一拍の沈黙ののち、すっと姿勢を正すとアルバートは笑みを浮かべた。

「……まさか。そろそろお茶会も終わるかなと思って戻ってきたんだよ」

 いや、絶対嘘だよねとは思いつつ、こちらとて証拠があるわけでもないので、聞き流すことにした。

「それよりもクリスティーナ、今日は聖女と何を話してたんだ?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「そりゃ、途中から声が…………いや、そのなんて言うかちょっと気になっただけ」

 やはり聞き流せない。これは絶対に張り付いて聞き耳を立てていたのだろう。
 真奈美様と姉離れの作戦会議をしていたあたりから声をひそめていたので、部屋の外にいたアルバートにしてみたら急に声が聞こえなくなったに違いない。

 というか、張り付いて盗み聞きしようとするのは普通ではないが、姉の会話内容を知りたがるのは、普通のことなのだろうか?
 もし私だったら。アルバートが目の前でこそこそと他の人と話していたら…………まぁ気になるはなるけれど。

「真奈美様のお手伝いを頼まれたの」

 私は当たり障りのない返答をした。
 全てを話すわけにはいかないが、手伝う話もしたので嘘は言っていない。

「手伝い?」
「真奈美様がお休みのときに、代理で聖女の仕事を担うことになったの」
「えっ、クリスティーナはそれでいいの? やっと押し付けられた聖女から解放されたのに」

 また仕事を押し付けられたと思ったのか、アルバートの眉間に皺が寄った。

「違うわ、手が空いているから引き受けるのよ。だって、ほら、私は婚約破棄されてしまったでしょ。正直なところ暇なのよ」
「うーん、クリスティーナがそう言うなら良いけど」

 アルバートはまだ少し納得がいっていない様子だったが、それ以上何か言ってくることはなかった。



***

「アルバートのためとはいえ、ちゃんと出来るかしら?」

 就寝前、星空を自室の窓から眺めて、私はひとりつぶやく。

 アルバートが悲しそうな顔をすると、胸が痛くなって、結局いつも甘やかしてしまう。だって、唯一の弟なのだから。

 私が聖女候補となったころ、今までお茶会やお出かけに誘ってくれた友人とも疎遠になっていった。もちろん、彼女達が意地悪でそんな態度をしていたわけではないことは分かっている。聖女候補として忙しくしているのを知っているから、気を遣ってくれていたのだと。

 だけど、アルバートは違った。いつも私を見てくれていて、こちらが驚くくらい一生懸命に励ましてくれた。それが嬉しくて、顔を見ればつい頭を撫でて抱きしめていたものだ。そうするとアルバートは顔を赤くしながらも、嬉しそうにしているから、それがまた可愛らしくて……。

「あぁ、思い返せば思い返すほど、私はアルバートを甘やかしているわ」

 アルバートが健気で可愛いのが悪いのだ。
 でも、自分が変わらなくてはアルバートも変わらない。心を強く持って、アルバートの未来のためにも頑張らなくては。

 
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