隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

17.あたしとクリスティーナ【真奈美】

【SIDE:真奈美】


 あたしはつい最近まで日本で普通に生きてた。去年までは女子高生やってて、みんなで学校帰りにカラオケ行ったりマ〇クで駄弁ったり、合間にバイトしたりして過ごしてた。
 勉強は嫌いだったから、進学せずにアパレルの会社に就職した。入社前は週休二日をうたっていたくせに、働き始めたらめちゃくちゃブラックで正直死んだ。いや、この時点では精神が死んでただけだけど。

 しんどくてここじゃないところに行きたいなって、寝不足の状態でふらふら歩いていたらトラックが突っ込んできた。そんで、気がついたらこの世界に来ていたのだ。

 話を聞けば、あたしは『聖女』らしいし、待ち焦がれていたと言われたら、まんざらでもない。元の世界が気にはなるけど、トラックにひかれたのなら、恐らく向こうでの命は尽きているのだと思う。だからこそ、この世界の聖女として新たに生きていくんだなって、意外とすんなり受け入れられた。

 まぁ、あたしはごちゃごちゃと考え込むのは性に合わないからね。

 クリスティーナはあたしにとって親友だ。まわりは立場的に、クリスティーナとのことをあれこれ詮索してくるけれど。クリスティーナほど、一緒にいてすごいなって思う人はいない。自分を律することが出来て、でも他人の言葉をちゃんと聞くこともできる。なんていうか賢女とか才女とかいうのかな。でも、ちょっと天然っぽいというか、ええと、そう、義弟に対してだけ特に鈍感っていうのは面白いけど。

 この世界に来て、右も左も分からず途方に暮れていたときに、本当の意味で寄り添ってくれたのがクリスティーナだった。確かにあたしは聖女かもしれない。だけど、一人で知らない場所にきたのだから分からないことだらけだった。
 クリスティーナは変に壁を作ることもなく、教会にいる間はこちらの生活のことを教えてくれた。他の人達は聖女だと遠慮して言ってくれないようなことも、ちゃんと注意してくれた。それがすごく嬉しかったんだ。

 だから、クリスティーナをいつも迎えに来るアルバートが実はあまり好きではなかった。あたしとのおしゃべりを問答無用で中断してくるんだもん。そりゃ悪印象にもなる。しかも、あたしのことをめちゃくちゃ睨んできたし。クリスティーナは別にあんたのものじゃないでしょうが、と何度思ったことか。

 あたしは二人のことを、アルバートの一方的な片思いで、クリスティーナは家族愛しかないと思ってた。だから、彼氏面するアルバートを見てヤバイって思ったし、何とかした方がいいんじゃないのって提案した。

 でもなぁ……今のクリスティーナを見ていると、あながちアルバートの一方通行じゃないかも。


「ね、アルバート」
「何だよ、聖女」

 あたしの隣には、ぎりぎりと歯ぎしりしているアルバートがいる。そして彼の見つめる先には、ダンスをするクリスティーナがいた。あたしとアルバートが少し目を離した隙に、クリスティーナに声をかけた男がいたのだ。イケメンだし、年上の落ち着いた雰囲気の男だから、アルバートは気が気でないようだ。

「最近、クリスティーナへの態度変えた?」
「どういう意味だ?」
「んー、何かクリスティーナの態度がいつもと違うから。アルバートのせいなのかなって思っただけ」
「態度を変えたというか……一時期、クリスティーナがすごく厳しくなったんだ。俺に対する期待の裏返しだと思って頑張っていたけど、正直つらかった。だけど聖堂での一件以来、また俺に甘いクリスティーナに戻ったから嬉しくて。前よりも自制が利かなくなっているのは自覚している」

 なるほど。前まではあれでも自制していたのか。そんで、自制が利かなくなったアルバートの態度に、クリスティーナは動揺していると。

 え、それもう、アルバートの粘り勝ちみたいなもんじゃない?

「どうしたもんかねぇ」
「何がだよ」
「だって、あたしじゃん」
「だから、何が言いたいんだよ」

 イライラとしつつも、アルバートはクリスティーナから視線を外さない。
 クリスティーナが厳しくなったというのは、『嫌いなカイルだと思って接しろ』と、あたしが助言をしたせいだ。つまり、反動でアルバートの本気を引きだしてしまったのも、その本気にクリスティーナが翻弄されているのも、あたしのせい……。

「どうしたもんかねぇ」
「それしか言えないのか?」
「アルバートって、あたしを女だと思ってないでしょ」
「むしろクリスティーナ以外、俺にとって女じゃない」
「うわっ、キモ。いま鳥肌立った」

 ガチすぎて本当に引く。こんな激重な義弟に好かれて、クリスティーナは本当にご愁傷様である。

「でもまぁ、クリスティーナが良い女だってのはあたしも同感。あんたはキモいけど、女を見る目は褒めてあげる」
「あんたに褒められてもなぁ」


 あたしはアルバートがどうなろうが知ったこっちゃない。親友が幸せであればいいのだ。そのためにアルバートが邪魔なら遠ざけようと思ったし、逆にアルバートがクリスティーナの幸せに必要なら応援するだろう。

 改めてアルバートを見てみる。
 まぁ、見た目は合格だ。十人中九人はイケメンだと言うだろう華やかな容姿。ちなみにあたしは、地味顔がタイプなので、アルバートは最初から眼中にない。

 魔法はそこそこ使えるらしいし、騎士団から声がかかるくらいには剣術や体術もすごいらしい。うん、クリスティーナをいざという時に守れそうだから合格。
 ただクリスティーナが自分の身は自分で守れちゃうから、あんまり出番なさそうだけど。

 頭脳の方は……良く分からない。公爵家の仕事も少しずつしているらしいから、まぁ、無能ではないのだろうと想像する。

 ここまでなら普通に優良物件だろう。
 二歳下という点で頼りなさはあるかもだが、こればかりは仕方ない。どんなに足掻いたところで年齢は変わらないのだから。それに、経験を積んでいけばいずれ頼もしくなるだろうし。

 問題は性格だ。
 今までの優良物件さを凌駕するほど、なんていうか、こいつはイタイ。独占欲は強いし、弟という立場を利用して甘えるとかずる賢いし、一歩間違うとただのストーカーだ。

 ストーカー予備軍に親友を任せられるのか?

「うーん」

 あたしは首をひねってしまう。

「どうしたもんかねぇ」
「だから、それしか言えないのか?」

 アルバートは相変わらず、クリスティーナを見つめ続けていた。凝視しすぎて目が血走っている。

「やっぱ、あんたキモイわ」

 どうすべきか結論は出なかったが、とりあえずアルバートがキモイことは再確認できた。



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