隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

22.まさかの元婚約者と遭遇しましたわ


「カイルでん……いや、カイル様。国境とは言え、こんなところにどうしていらっしゃるのですか?」

 私があえて「殿下」と呼ばなかったことに、一瞬顔をしかめたが、カイルはすぐに貼り付けたような笑みを浮かべ直した。

「わたしは心を入れ替え、国のために強くなろうといろいろ努力をしていたんだが……どうにも魔力を得るのは簡単ではなくて」

 魔力は基本的に生まれ持ったものだ。力の引き出し方や使い方次第ではあるが、ないものをあることには出来ない。
 まさかとは思うが、何か怪しげな道具や薬に手を出したのではないかと不安に思う。だが、今はカイルに構っている場合ではない。

「カイル様、とにかく逃げてください。ここは危ないですわ」
「君はどうするんだ」
「わたくしは代理聖女としてここに派遣されてきたのです。もちろん、魔物を退治しつつ原因を探りますわ」
「ならば、わたしも手伝おう。微力だとは分かっているが、罪滅ぼしだ。是非協力させて欲しい。魔法は使えなくとも、剣ならば少しは心得がある。君が魔法を使っている間の守りくらいは出来るはずだ」

 カイルから出てくる言葉とは思えず、目を見開いてまじまじと見てしまった。あの恋人といちゃいちゃして頭の悪そうな会話をしていた人物がしゃべったとは思えない。まさか、本当に心を入れ替えたというのだろうか。

 信用しきれないけれど、今は緊急時だ。剣の腕前がいかほどかは分からないが、いないよりはいた方がましだろう。

「では、お願いいたします」
「承知した」

 カイルは鷹揚に頷いたのだった。



 カイルと共に、魔物がいる方へと進む。次第に地響きや魔物の咆哮が聞こえてきた。

「小さいとはいえ、五体も魔物がいる光景など初めてですわ……」

 大型犬ほどの大きさの魔物と討伐隊が戦っていた。普段であれば討伐隊が軽々と倒せてしまうはずなのだが、疲労困憊のせいか討伐隊が押されている。

「あっ!」

 魔物に背後を取られて噛みつかれそうだった隊員を、別の若い隊員が助けた。とっさに間に入り、剣で魔物を切り伏せたのだ。

「あれ、君の弟に似てないか?」

 カイルが首を傾げつつ呟いた。

「似てるのではなく、本人ですわ。良かった、怪我もなく活躍しているようでほっとしました」
「ふーん。だから君がここへやってきたのか。まぁ、ちょうどいいか」
「何がちょうどいいのです?」
「ええと……君が強いことを身をもって知っているからね。安心したってことさ」

 いまいち要領を得ない返答だったが、まぁカイルの目の前で魔物を退治したこともあるのだから、安堵されるのも分からないでもない。

「とにかく魔物をどうにかしないと。カイル様、念のため後ろを見張っていて貰ってもよろしいでしょうか」
「もちろんだ」

 魔物が襲ってくれば気配で分かるが、弱い魔物だと逆に気づけない場合もあるためカイルに見張りを頼んだ。

 そして、私は苦戦しているアルバート達に向けて癒しの魔法を掛ける。魔物への魔法攻撃も考えたのだが、人に当たってしまうと腕や足がもげてしまう。そんな恐ろしいことは出来ないので、彼らの疲労を回復させて魔物を退治して貰うことにしたのだ。
 集中力を高め、魔法を発動させる。戦っている討伐隊員すべてに行き届くように、広く慈愛の雨が降り注ぐようなイメージだ。

「あれ、怪我が治った?」
「体力が戻ってきた」
「体が軽いぞ」

 討伐隊から喜びの声が聞こえてきた。

「クリスティーナ! なんで来たんだ――――」
「アルバート! 前を見て、よそ見しないで!」

 アルバートが私に気付き、駆け寄ろうとする。だが、魔物が飛びかかってきて危うく噛まれるところだった。お願いだから戦いに集中して欲しい。

「くそっ、さっさと終わらすから、そこを動くなよ!」

 アルバートは魔物に向き合うと、剣を振り上げて仕留めていく。
 他の討伐隊員も次々と魔物を倒していき、あと…………あれ? さっき数えたとき魔物は五体いた。アルバートが二体、他の隊員も魔物を倒しているのに、何故まだ四体もいるのだ?

「結界の隙間から入ってきてるんだわ」

 倒しても入ってきてしまってはキリが無い。そりゃエリート揃いの討伐隊でも窮地に陥るはずだ。倒すのは復活した討伐隊にまかせて、結界を一時的にでも穴のない強固なものにしなくては。

 先ほどの癒しの魔法で三分の一ほど一気に力を使ってしまった。広範囲に効果を行き渡らせるためは力が必要なのだ。残りは三分の二。本当は余力を残しておきたいのだけれど、私は本物の聖女ではないから結界を作る効率が悪い。全部使って何とか結界を補強出来るかなといったところだろう。

「カイル様。今から全力を使って結界を補強しますので、魔物が万が一こちらに向かってきてもお守りできません。その際は自衛なさってくださいね」
「全力……そうか。安心してほしい、自分だけではなく君も守ると誓おう」
「誓っていただかなくても結構なのですが……では、まぁお願いいたします」

 あまり期待はしていないが、わざわざやる気に水を差すこともないだろう。

 目を瞑り、集中力を固める。魔法の力が高まり、束ねた髪やスカートがふわっとたなびいた。
 私は目を開き、結界に向けて力を放つ。真奈美様が常に張っている元の結界の内側から、一枚新たに膜を張るイメージだ。これは国を覆う薄く広く張るこの結界とは別種類で、聖女が戦闘時に攻撃から身を守るための防御の魔法。つまり、広範囲に展開するようなものではないのだ。だから、広い範囲で使うと力の消費が酷く、完成する前に私の力が枯渇してしまうかもしれない。

 それでも、やきりらねばならないのだ。
 私がやらなければ、魔物は入り込み続ける。
 アルバート達は永遠に戦い続けなくてはいけなくなる。
 そんなの、いずれ体力の限界が来てしまう。

 だから、必死で力を振り絞る。
 そして……私は力を使い果たし、地面に座り込んだ。

「大丈夫か、クリスティーナ殿」

 カイルが声をかけてくる。それに、私は苦笑いを浮かべた。

「はい、大丈夫ですわ。なんとか結界の補強が間に合いましたし。三日くらいは持つはずです。おかげで私の力はもう出し尽くしてしまいましたが」

 三日日あれば、応援の部隊が余裕で到着するだろうし、原因を探る時間もあるだろう。

「そうか。今の君は、ただの令嬢というわけだな」
「……えっ?」

 カイルが不敵な笑みを浮かべ、私の手を取った。

「わたしは君との婚約を破棄したこと、とても後悔しているんだ。エリーは強欲で、わたしが廃嫡されたらさっさと別の男に鞍替えした。あんな無能で下賤な女に引っかかってしまった自分が恥ずかしい。そして、改めて君の素晴らしさを実感したよ」
「は、はぁ」

 急に懺悔のようなものが始まってしまった。だが正直、へとへとなので後にして欲しいのだが。

「クリスティーナ殿。お願いだ、もう一度わたしとの結婚を考えてもらえないだろうか」
「え、結婚……ですか?」

 予想外の申し出に、開いた口が塞がらない。
 まずもって、婚約破棄してきたのはカイルだし、その後に再度婚約して欲しいと言われたのを私は断っている。それなのに、また言うのか? しかも、こんな場面で? 求婚よりも人命救助を優先すべき場面だろうと、呆れてしまう。

「カイル様、申し訳ありませんがお断りします。今はそのような話をしているときではありません」

 私はカイルに掴まれていた手をするっと抜く。
 カイルが不服そうに口元をゆがませるが、すぐに真剣な表情に戻った。

「では、落ち着いたら結婚してくれるのだろうか」

 えぇ、しつこい……。

「いえ、落ち着いた後でも返事は変わりませんわ」
「わたしは心入れ替えたと言っても?」
「お心を入れ替えたのは喜ばしいことです。そのことをお父上様にお伝えすれば、廃嫡も考え直していただけるかもしれません。ですが、そのこととわたくしとの結婚は別問題ですわ」

 カイルとこのような話をしている場合ではないのに。結界の補強が済んだのだから、アルバート達が残りの魔物を倒しきったら、原因を調べないといけない。やることはいっぱいあるのだ。
 今は力を使い切って動くのも少し辛い状態だから、少しでも体力を回復させるために休みたいのに。

「父上は頑なだから、わたしが心を入れ替えたと申し上げても、考えを変えてはくださらなかった。だから、わたしは魔法の力をどうにかして手に入れないといけない。己で手に入れるのが無理ならば、持っている者が必要だ」

 カイルは再び私の手を、いや手首を掴んできた。それはもう、がっしりと。

「カイル様? 手をお離しください」

 痛みをもたらすほどぎゅっと掴まれ、執念のようなものを感じてぞっとした。気持ち悪くて振り払おうとするも、振りほどけない。
 いつもであれば、風の魔法などを使って吹き飛ばしてしまうのだが、あいにくそんな力は残っていない。これは、もしや危機的状況なのでは?

 自分の身は自分で守れた。だから今まで誰かを怖いと思ったことはなかった。
 でも、今、カイルがもの凄く怖い。
 目の前のこの人が、恐ろしくてたまらなかった。

「離しませんよ。あれ、震えているのですか? 可愛いところもあるのですね。今までは澄ました顔しか見たことがなかったけれど、その顔はなかなか良い」

 にやりと歪んだ笑みを浮かべたカイルに、もう片方の手首も掴まれ、手際よく紐で縛られてしまう。
 このままでは連れ去られると悟った私は、必死で体当たりをして、アルバート達の方へと駆け出す。でも、すぐに束ねてある髪を掴まれ引き戻されたと思った瞬間、口元を布でしばられてしまった。

「これで弟に助けは呼べませんね。では、行きましょうか」

 カイルにそのまま担がれた。私が暴れてももがいても、どうにもならず、涙と汗が地面に落ちるのみ。

 そして私は、カイルによって国境を越えてしまったのだった。

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