隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

21.緊急事態ですわ


 今日は真奈美様のお休みの日、つまり私が代理で聖女の仕事をする日である。アルバートのことがあったので、いつも以上に祈りが深くなった。
 どんなときでも全力で取り組むべきなのに、私心でこのように気持ちの入れ具合が変わってしまうなど、未熟ものにもほどがあるなと自己嫌悪に襲われる。

 だけど、どうか、危険な魔物よ、出現しないで。この国に入ってこないで。

 こう思わずにはいられなかった。

「クリスティーナ! まだいる?」

 休日で街を散策しにいったはずの真奈美様が聖堂に駆け込んできた。

「はい。ちょうどお祈りが終わったところですわ」
「良かった。実は、緊急の知らせが来たの」
「緊急……ど、どのような知らせでしょうか」

 嫌な予感がした。
 聖女のもとにやってくる緊急の連絡など、ほとんどが救援要請なのだ。

「魔物が出たって。しかも倒しても倒しても新たに現われるらしいの」
「本当ですの? そのような現象、初めて聞きました」

 魔物がふらっと現われるのは良くあることだ。でも、基本的には結界を張っているので内側には入って来られない。例外として、ものすごく強い魔物が結界をこじ開けて入ってくるか、逆に小さくて弱い魔物が隙間から入り込んでしまうということは起こりうるのだが。

 この例外に対応するために、討伐隊が存在するのだ。いくつかの隊が地域を区切って、常に結界付近で見回っている。アルバートが参加しているのも、この討伐隊の1つだ。確かマルシェヴァ帝国との国境の地域だったはず……。

「次から次に来るってことは、何か魔物を引き寄せるものがあるのかも。でも、討伐隊は魔物を退治するのに手一杯で、原因を探る余裕がないから、聖女に来て欲しいって依頼が来たの。マルシェヴァ帝国の国境付近らしいわ」
「!! わたくしが参ります」

 思わず叫んでしまうくらい、衝撃だった。
 アルバートが今まさに魔物と戦っているだなんて。祈りを捧げていても結界に異常を感じられないので、おそらく隙間から入ってこられるような弱い魔物ばかりだろうけど。それでも、気を抜けば大怪我をするかもしれない。死ぬかもしれない。

「クリスティーナ? 待ってよ、さすがにそこまで頼れない。危険が伴う場所なら、あたしが行くべきよ」

 あぁ、真奈美様は責任感の強い人だ。自分の責務を押しつけるようなことはしない。でも、違うのだ。

「わたくしが行きたいのです。真奈美様の活躍の場を奪うのは心苦しいと思っておりますが」
「いや、あたしの活躍とかどうでもいいって。ただ、クリスティーナは本当は聖女の仕事なんてしなくていいんだよ。それなのに、魔物がうようよ居る場所に行かせるのは、ちょっと申し訳ないっていうか」

 真奈美様が困ったように眉を寄せる。

「実は、アルバートが……マルシェヴァ帝国付近の討伐隊にいるのです」
「マジ?」
「はい。まじ、ですわ。何を思ったのか、急に志願して行ってしまいましたの」
「知らなかった。でも、確かに最近姿見ないなと思ったのよね。それに、クリスティーナも元気なさそうだったし。それが原因か」

 本当はすぐに真奈美様に報告しようと思った。でも、自分の中でまだ気持ちがまとまっていなくて、言い出せなかったのだ。

 真奈美様はアルバートに姉離れをさせようと協力をしてくれていた。だから、討伐隊に望んで行ったなどと伝えたら、大成功じゃんと言うのではないかと思ったのだ。でも、大成功じゃんと言われても、私は同じように喜べない。全然嬉しくもなんともないし、心配で夜も眠れない状態なのだから。
 自分こそが弟離れ出来ていないのだと、白状するのが怖かった。臆病者なのだ、私は。

「真奈美様。お願いします、わたくしに行かせてください。ただ待っているだけなど耐えられません」
「……本当に? そりゃ新米聖女のあたしが行くよりは、実践経験のあるクリスティーナの方が役に立つだろうけど。親友をわざわざ危険な場所に行かせるのはなぁ」
「それをおっしゃるなら、わたくしだって、真奈美様を危険な場所に行かせたくはありませんわ!」
「……クリスティーナって、ほわほわしてるかと思いきや、合間に突然漢気(おとこぎ)だしてくるよね。惚れそうだわ」
「おとこぎ?とはよく分かりませんが、褒めてくださってるのでしょうか」
「そうそう、褒めてる褒めてる。んー、わかった! クリスティーナに頼んじゃうね。あたしの代わりに行ってください!」

 真奈美様が勢いよく頭を下げた。

「頭をお上げください! わたくしが無理に行きたいと言っているのですから、頭を下げるのはわたくしの方ですわ」
「いーから、いーから。こういう形の方が丸く収まるんだって。てことで、おっさん! 聞いてたでしょ? すぐ準備して」

 入り口で待機していた教会長に向かって、真奈美様が叫ぶのだった。

 慌ただしく準備をし終わり、出立の時刻となった。一人であれば、聖堂の魔法陣から結界の端に転移できるので、今回は急ぎと言うこともあり転移魔法を使うことになった。
 ちなみに一人を転移させるのでも数人が魔法を全開で使わないといけないので、追加応援の部隊が移動する手段としては馬ということになる。

「パパさん達は行くの許してくれた?」
「もちろんですわ」

 実際は、少し渋られたのだけれど。でも、アルバートのことを出せば、仕方ないなという雰囲気になったので押し切ったのだ。

「じゃあ、これ。お守り代わりに持っていって。役に立つようなことがないのが一番良いんだけど」

 真奈美様が小瓶を渡してきた。中身は聖女秘伝の回復薬だった。これは確かに、使わない方がいいなと思いつつ、真奈美様の心遣いとして有難く受け取る。

「それでは、行って参ります!」


 真奈美様を始めとした教会の人達が魔力を開放すると、魔法陣が光り始め、その光が私の体を包んでいく。ふわっと浮くような感覚がしたと思った瞬間、景色が変わった。聖堂内にいたはずの私は、木々がさざめく広場へと転移していた。

 そして、魔物から逃げている住民達が目の前を走っている。これは、本当に魔物がたくさん出没しているだなと分かった。早く状況を掴まないと、そして、アルバートの無事を確認したい。そう思っていると、突然、腕を掴まれた。

「クリスティーナ殿じゃないか。頼む、助けてくれ!」

 なんと、私の腕を掴んできたのは、転んで泥だらけになっている隣国元王子、カイルだった。


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