モブ未満

2


僕たちのクラスの文化祭は、メイド喫茶をすることになっていた。
矢束さんのメイドを見たいという男子の下心がきっとそうさせたんだけど、とうの矢束さんはあっさりと裏方希望を出してしまい、男子たちの希望は消え去ったわけである。
僕もほんのちょっぴりみたかったので残念ではあったけれど、矢束さんを好きになる人がこれ以上現れるとなると困るので、その点ではほっとしていた。

メイド喫茶となると一部のおふざけ男子を除けば、男子は裏方になる。
僕はできるだけ目立たない大道具係になっていた。当日失敗はまずないのが利点である。


「あ、木下くん」

それぞれが何を作るか話し合って役割分担を終えたあと、今日は解散ってなったときに矢束さんに話しかけられた。
今までそんなことは一度もなく、だから僕に話しかけられたと思わなかった。

「え、木下くんてば!」
「あ、はい!ごめんなさい」
どこの木下さんを呼んでるかと思えば、なんと僕を見てるではないか。
その丸い瞳に僕が映っている事実にまずどうしたらいいかわからなくなる。
「大道具のリーダーってだれになった? とりあえず最初に必要なものは私たちが買いに行くことになったんだけど⋯⋯」
衣装班と当日の調理担当になっている矢束さんは、胸まではある長い黒髪を小さい耳にかけながら僕に聞いてきた。
ふわりとシャンプーのいい香りがした。
「え、あ、真鍋くんです」
「真鍋くんか。わかった、ありがとうー」
あっさりと会話は終了。それ以上発展することはなく、矢束さんは颯爽と真鍋くんの元に歩いていった。

体の力が抜ける。
知らず知らずのうちに肩に力が入っていた。

まさか初会話が突然訪れるとは。
それはあんまりにも現実感がなくて、僕はどこか他人事のように感じていた。

それからは当然いつもの日常が訪れて、僕が矢束さんをただ見つめるだけの日々が続いた。



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