モブ未満

3


「あ、やべ⋯⋯」
初日が終わって、帰り道。
僕はスマホを教室に置き忘れたことに気付いた。
スマホがなくても困りはしないのだが(クラスLINEは入れてくれてるがほぼ空気なのでみなくても問題ない)、一応取りに行くことにした。

学校にはまばらに明日の準備や話をしている生徒がまだいたけれど、僕の教室は電気もついておらず、だれもいないようだった。

教室のドアに手をかけてあけると、ガタンッとものが動く音がした。


あれ、だれかいる⋯⋯?

教室は今、メイド喫茶のために接客スペースと給仕スペースにわけられている。
給仕スペースのほうから音がきこえたので、思わず中を覗いてしまった。

そこには、メイド服姿の女子がいた。
艶のある黒髪で、顔は見えないけれど。
その後ろ姿は、いつもみていた姿だったのですぐだれかわかった。

「矢束さん⋯⋯?」
思わず声をかけてしまうと、びくっと肩があがる。
「き、きのしたくん⋯⋯」
気まずそうに僕の方をみる矢束さん。

首まで真っ赤にしている矢束さん。
女子たちが可愛すぎるメイド服ができた!!と騒いできゃっきゃ見せあっていたメイド服が今、矢束さんの身を包んでいた。

黒色の膝下のワンピースに大きいフリルの白いエプロンの一般的なデザインにみえるが、矢束さんが着ると服が何倍も輝いて見えた。

思わず見とれていると、矢束さんはその場に座り込んだ。
そのまま顔を覆う。


「な、内緒にしてくれない?」
両手の隙間から泣きそうな上目遣いで彼女が僕を見る。
その姿に心臓が脈打つ。こんな彼女見たことないし、その彼女が僕を見てるだなんて、考えただけでどうにかなりそうだ。
「で、できごころっていうか⋯⋯」
視線をさまよわせてなぜメイド服を着てたかを説明する矢束さん。
「あ、大丈夫です。だれにもいわないので⋯」

こんな可愛い姿をだれかに知られるなんてもったいなさすぎる。
最も友達が少ない僕がだれにいうのか、というところでもあるけど。

「ほんと?」
ぱあっと顔が明るくなった矢束さんにきゅんと胸が高鳴る。
「あ、はい」
「よかったー」
ふうと息をついて、安堵した顔も可愛い。
「あ、あのね⋯」
「はい」
「着替えるから、でてってもらってもいい⋯⋯?」
「あ、ごめんなさい!!」
僕はすぐにその場から飛び出して、念の為教室からも出た。

どきまぎとさっきの矢束さんが何度もフラッシュバックする。
これ、夢じゃないよな?と思わず自分の手をつねった。
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