ファーレンハイト/Fahrenheit
 お互いに知らなかった共通点がある事を知り、抱き寄せたまま笑い合った。

「あのね、バーテンダーに『今度、俺の彼女を連れて来る』って言ったんだよ」
「そうなの……んふっ……」
「なに?」

 笑顔のまま、優衣香は目を伏せた。少ししてから、優衣香は「彼女」と言った。

「うん、彼女だよ。優衣ちゃんは俺の恋人」
「そうだね。私は敬ちゃんの恋人になったもんね」

 恥ずかしそうにする優衣香が可愛くて、俺はもう一度唇を合わせた。

「優衣ちゃん、手を繋いでもいい?」
「うん」

 優衣香の右手を取って、手を繋いだ。
 優衣香の手は骨張っていて手のひらも大きくて指も長い。決して小さな手ではない。でも、俺にとっては優衣香の可愛い手だ。「初めて手を繋いだね」と言うと、優衣香は笑った。

「あの……敬ちゃん」
「なに?」
「大変長らくお待たせしました」
「……んっ?」

 優衣香が何を言っているのか分からなかったが、『ラブレターの返事』として優衣香はこの前俺は好きだと言ってくれた。今日はその後の日だ。そういう事か。

「ふふっ、二十二年、待ってました、だね」

 優衣香に俺は仕事中で、夕飯を食べる為にあのバーに行くから店内滞在時間は四十分程だと伝えた。笑顔で頷く優衣香の手に俺は力を込めると、優衣香も握り返してくれた。

 バーの扉を俺は右手で開けた。左手は優衣香と手を繋いだままだ。
 バーテンダーの望月(もちづき)奏人(かなと)は、帰ったはずの優衣香と俺が一緒にいる事に驚いていたが、繋いだ手を見てから俺の目を見て顔色を変えた。

 ――もしかして……。

 コイツ、客に手を出そうとするなんてバカなのかなと思ったが、その女が俺の女だと知って絶望しているかわいそうな望月にエレガントな微笑みを返した。

 ――未遂なら俺は気にしないよ。

「いらっしゃいませ」
「俺はロングアイランドアイスティーで。優衣ちゃんは?」

 ハンドサインはもちろんノンアルコールだ。

 今夜は優衣香と過ごせる楽しい時間のはずだったのに、コイツがドリンクや料理に何かを仕込まないか監視しなきゃならないようだ。
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