ファーレンハイト/Fahrenheit

#03 お砂糖とミルク

 十二月十日 午前一時二十分

 深夜の観光地から外れた裏通りは人気もなくひっそりとしている。その中を歩いているのは葉梨将由と加藤奈緒だけだった。時折通り過ぎる車のヘッドライトが二人の姿を浮かび上がらせる。

「加藤さん! 俺そんなの嫌ですよ!」
「仕方なくない?」
「もっと他に何かないんですか?」
「なら何がある? 対案出してよ」
「…………」

 会議が終わり、須藤、松永、相澤、加藤の四人で外に出て、話しながら山野の件を話し合った結果、独身の葉梨と相澤を使い山野の気を引かせて加藤がそれをアシストする、という計画を立てた。

 その後、加藤と葉梨は、捜査員用のマンションがあるブロックを歩きながらその話を始めたが、二人は揉め始めた。

「対案出せないなら文句言わないでよ」
「すみません……」
「じゃあ、今日から早速始めてね」

 そう言って、加藤は先に歩いていった。
 葉梨はその姿に眉根を寄せて、小さく息を吐き、加藤の後を追いかけた。

「あの……加藤さん」
「なに?」
「加藤さんは嫌じゃないんですか?」

 そう葉梨に言われた加藤は立ち止まり、葉梨を見つめた。表情の変化は一切無いが、舌打ちをした。

「……あのさ、私に何を言わせたいの?」
「いや、あの……」
「私が可愛く甘えた声で、『私だって嫌だもん』とか言えばいいの? 言って欲しいの? ねえ」
「…………そうです」

 その言葉に眉根を寄せた加藤は右手を上げて、手の甲で葉梨の頬を叩こうとして、寸前のところで止めた。
 葉梨は叩かれそうになった瞬間に体勢を変えようとして、止めた。
 どちらが早かったのかは分からないが、葉梨は叩かれずに済んだ。

「バカなの?」
「…………」

 不機嫌な顔になった加藤に葉梨は後退りしたが、加藤は無視して歩き始めた。引き結んだ唇は、微かに震えていた。

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