ファーレンハイト/Fahrenheit
 加藤に促され、山野は席を立ち、松永と相澤がリビングで見つけた三個目のボイスレコーダーを手に取って席に戻った。

「二つ? もう無えの?」
「山野、二つだけなのかな?」
「……はい」
「そうか。分かった。これは俺らだけの秘密にするから安心しな」

 松永はそう言うと、ボイスレコーダー二つを並べて、またバスタオルを置いた。

 下を向いている山野の肩には、また加藤の腕が回され、優しく撫でながら、「大丈夫だからね」と優しく加藤は言うが、目は笑っていなかった。

 そこにコーヒーカップをトレーに乗せた葉梨がテーブルに来た。
 松永、加藤、山野の順にコーヒーと、各人が使う砂糖とミルクを置いていく。
 葉梨が席に着いたところで、松永は山野に声を掛けた。

「山野、お前は野川里奈を知ってるだろ? アイツさ、俺がペットボトルの茶を飲んでるのに『コーヒー入れますね!』って、よく分からないタイミングでコーヒー淹れるんだよ。で、砂糖も出してさ、『入れた方が良いです!』って言うのよ。十日経ってもみんなの好みの砂糖とミルクを覚えなくてさ、やっぱりアイツはポンコツだな、って思ったよ。フフッ」
「アハハ、私もでしたね。『加藤さんはブラックが似合います!』って言って、ミルクだけで砂糖をくれませんでした」
「ふふっ、俺もでしたね。『葉梨さんは大きいからお砂糖二本です!』って言われて、ミルクはくれませんでした」

 三人で山野の顔を見るが、表情に変化のない山野から目をそらし、コーヒーを飲み始めた。
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