ファーレンハイト/Fahrenheit

#05 誰も知らない六個目

 十二月十四日 午後二時三十二分

 あれから俺はマフラーを着けっぱなしだ。
 マンションに戻っても着けっぱなしだ。
 その姿を不思議に思っている捜査員に、「だって頭の下半分が短くて寒いから」と言って納得させている。

 シャワーを浴びる間でさえ優衣香のマフラーと離れる事が嫌で、あれからずっとコンバットシャワーだ。だから「手入れが楽になるよ」と言って毛量を半分にしやがった弟に今ではとっても感謝している。(さと)くんありがとう。お兄ちゃんとっても嬉しいよ。今度頭をいい子いい子してあげるね。
 ただ、「寝る時に着けたままだと毛玉が出来るし首が締まりますよ」と加藤に言われて、毛玉が出来るのは嫌だけど、首が締まる事に関しては、何ならそういうプレイだと、優衣香はそういうプレイが好きなのだと思えば良いと思った。そう、優衣香が上になって、俺はこのカシミアのマフラーで首を締められるのなら俺は死んでも良いと思っている。
 あ、もちろん優衣ちゃん全裸でね、優衣ちゃんが妖艶な笑みを浮かべてね、ぼくの首を締めてね、「もっとぉ……」とか優衣ちゃんが甘い声で言ってね……ってヤバいなそれ、想像しただけでゴーゴーヘブンだ。
 でもな、その前に優衣ちゃんにあんなことやこんなことをしてぼくの知らない優衣ちゃんを見てからじゃなきゃ、二人でめくるめく愛の世界へゴーゴーしてからじゃなきゃ、ぼくヘブンに行けない。だからぼくの欲望が全部叶ったら、それから妖艶な笑みを浮かべる優衣ちゃんにそういうプレイされてもいいかな。それからならぼくはゴーゴーヘブンでもどこでもゴーゴ――

「――さん! 松永さん!」
「ん?」

 ――というか、ここどこ? あ、仮眠室だ。

「寝てないですよね?」
「いや、寝た、んじゃない……かな?」

 俺と相澤は、仮眠時間を無理矢理作って一時間だけ寝ようとした。正味五十分程の仮眠が取れるとフラフラになりながら仮眠室のドアを開けた瞬間から、俺の記憶は無い。だが、今相澤に声をかけられて目が覚めたのだと思うから、寝ていたのだと思う。だってベッドに横になってるし。

「奇声を上げてましたよ」
「え、やだ。そんな不審者目撃情報みたいな事言わないで」
「やっぱり休みを取った方が良いですよ。山野も来たし、人数は揃いましたから」
「大丈夫だって」

 結局、チンパンジー須藤は俺に二日の休みをくれようとしていたのに、加藤が優先だと言って俺の休みは却下された。まあそれは俺が望んだ事だけども、加藤は三十六時間で戻って来るんだから、残り十二時間は俺の物だと思うけど、だめだと却下された。

 ――なにさ! チンパンジーのくせに!

「裕くんだってキツいでしょ? 休み取ったら?」
「俺は大丈夫です……あの、……ちょっと……」

 そう言った相澤は、ハンドサインを送ってきた。
 意味は『この場所』と『注意』だった。
 俺はベッドから起き上がり、相澤の前に立った。
 相澤の肩を掴んで顔を近づけて、小声で「それ先に言えよ、バカ」と言い、相澤も小声で返してきた。

 相澤は仮眠室に入ってベッドの横まで来た記憶があるという。ふと気付くとベッドに顔を埋めていて、体は正座していた。
 ベッドに寝直そうと起き上がったが、パイプベッドの下に膝が入っていた事に気づかず、そのまま勢いよく立ち上がったせいで膝をベッドにぶつけてしまったという。

 ――かわいそうな子。

 その衝撃で、ベッドに括り付けてあったと思われるボイスレコーダーが落ちた事に相澤は気づいた。それを俺に伝えようと反対側のベッドで寝ている俺に近寄ると、俺は奇声を上げていたという。

「笹倉さんの名前を呼んでましたよ」
「あらやだ」

 女誑し葉梨が山野から聞き出した情報から、ボイスレコーダー五個は見つけてある。
 俺が見つけた三個のうち一個は山野に見せた。もう一つは山野自身が出した。残り二個は捜査員用マンションに常駐している武村とホスト、山野以外の捜査員で探して、見つけた。
 だが、今、無いはずの六個目が見つかった。

「葉梨は? 今ここにいる?」
「見てきます」

 ――面倒な事ばっかり起きやがって。

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